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悪役令嬢は力で婚約破棄だって解決する
「きゃああああああぁぁぁ――!?」
タミア・アベート・ファンタスティコ公爵令嬢は絶叫した、さっきまでは積み木で遊んでいた三歳児だったのに、突然頭の中に前世の日本で暮らした記憶が蘇ったからだ。前世の私は大人しい普通の事務員だった、恋愛ファンタジー小説を読むのを楽しみにするような、そんな大人しい女性である日に車に轢かれて死んだ。
「これは大変なこりょだわ」
お嬢様大丈夫ですかと心配する侍女たちに私は心配いらないと微笑んでみせた、でもその心中はいきなりの前世の情報投入で混乱していた。ここは『恋愛だって貴女次第』通称レンアナという小説の世界だ、私はよく覚えていたお気に入りの悪役令嬢がいたからだ。それが今の私、タミア・アベート・ファンタスティコ公爵令嬢であった。タミアは悪役令嬢としては気高く、ヒロインいじめを理由にした婚約者の王子からの婚約破棄にも動じなかった、そうして彼女はそんなことはしていないと死をもって抗議して亡くなった。その悪役令嬢としては潔い死という抗議方法に前世の私はカッコいいと気に入っていたのだ。
「で、でもこのままりゃわたちが十五歳のデビュタントの夜に死んらう」
自分の潔白を証明するために死をもって抗議するというのはカッコいいが、中身凡人の日本の事務員にはハードルが高過ぎた。
「こうなったらタミアを鍛えて、鍛えて、鍛えまくってやるうぅぅ!!」
こうして私のタミア育成計画は始まった、まず起きている時には木剣を持って素振りをするようになった。剣の型とか全く分からなかったが、とにかく千回でも二千回でも私は木剣を振り続けた。
「タミアは木剣を振るのが好きなのかい、それじゃ私が剣術を教えてあげよう」
「うわぁ!? ありがとう、お父様!!」
私は公爵家の一人娘であり兄弟はいない、だから婿をもらって家を継ぐことになるが、そんな家で大人しくしていればいい娘に父は剣術を教えてくれた。剣術を教えてくれる間の父親は厳しかったが、タミアが強くなれるのならと私はその教えについていった。
「剣術を教えて貰えて幸せ、次は魔力の成長ね。”光よ”…………はうっ」
魔法といったら魔力の限界を伸ばすために、魔力を使い切って気絶するのはファンタジーのお約束だった。それはこの世界も例外ではなく、私は魔法を使っては気絶するという睡眠方法を会得した。それから私の魔力はぐんぐんと育っていき、五歳くらいの頃には攻撃魔法も使えるようになっていた。
「脳筋ではいけにゃいわ、他のこともいろいろ覚えにゃいと」
私は家庭教師をつけてもらってこの国ファンタジアの歴史や政治のことも勉強を始めた、そんな私三歳児の一日のスケジュールは朝、仕事に行く前の父に剣術を教えて貰い、それが終わると貪るように歴史や政治それに他にもいろんな本を読んで家庭教師に質問しまくった。そして夜の寝る前に魔法の勉強をして魔力を使い切ってから気絶して眠りについた。そんなことをして五歳になった時、お父様に王城に連れていかれた。
「僕はブレイク・コラン・ファンタジアだ」
「タミア・アベート・ファンタスティコにございます」
そして、紹介されたのが王太子で第一王子のブレイクだった。そして私達は婚約をすることになった、私が一人娘だからブレイクと結婚して私は王妃となり、やがて生まれる子の中から公爵家の跡取りを選ぶことになった。婚約なんか嫌だと思ったがまだ私は十分に力をつけていなかった、だから逆らうことができずに望まない婚約を結んだ。それともう一つ私の生活には変化が起きた、父が遠縁のみなしごを引き取ることになったのだ。
「あー、うー」
「まぁ、なんて可愛いの。ねぇお父さま」
「ああ、そうだね。こんな可愛い子を残して事故死とは、両親はさぞ無念だったろう」
その子はまだ生まれたばかりで、とても可愛くて私は少ない休憩時間にその子に会いにいった。まだ乳母が必要なくらい幼い男の子、名前はソルト・セインズ・レセプシオンで子爵家の一人息子だった。他に親戚もいないのでお父様が引き取って、この子が大きくなるまで領地の管理をすることにしたのだ。
「ソルトったら可愛いわね、あー癒される」
「タミア姉さま、可愛い」
「きゃー!? ソルトったら私の心臓を止める気かしらってくらい可愛いわ!!」
「タミア姉さま、好き」
「私も貴方が大好きよ、ソルト」
「えへへっ、嬉しい」
私は相変わらず剣術と勉強それに魔法を学ぶ生活をしていたが、歩けるようになった幼いソルトが私についてくることもあって、そんな姿もまた私には可愛らしかった。三歳になるとソルトも自然と剣術を学ぶようになった、勉強もはじめたし、私に魔法を習うようになった。そうして私はとうとう十歳になって学園で学ぶ年になったのだが、私は学園のカリキュラムを見て私が学ぶものは何もないと判断した。
「お父様、私は学園で習うことはもう覚えてしまったみたいです。学園へは行かないわ」
「家庭教師からも聞いているよ、確かにタミアは学園に行く必要が無いようだね」
こうして私は学園に行かなかった、だから当然ヒロインの顔なんか、前世の記憶でしか知らなかった。そんな私が今度は何を始めたのか、もちろんそれは実戦で私自身を鍛え始めたのだ。私は筋トレもしていたし、十分な剣術を学び終わっていたし、魔力なんて大変な量になっていた。そんな私は一人で魔物退治を始めたのだ、お父様からは最初に少しだけ反対をされた。
「タミア、魔物退治なんてまだ君には早過ぎる」
「いいえ、お父様。私はもう戦える体ができています、この力をもって我が領土の魔物を減らしてみせます」
「タミア、私の可愛いお姫様。君はなんて強く気高い心を持っているんだろうね」
「大好きなお父様の領土だから守りたいだけですわ、それでは行って参ります」
そうして私は弱いスライムから最後には最強のドラゴンとさえ戦ってみせた、最初は本当にスライムを炎の魔法で焼き尽くすところから始めた。そして最後にはドラゴンと戦うことになった、ドラゴンの縄張りが街に近くて民が怯えるからだった。
「我に挑むとは小さき者よ、その心意気や面白い!!」
「あらっ、私はもう少し森の奥に引っ越してくださるだけでよいのよ」
「我に勝てば喜んで森の奥に引っ込んでやろう!!」
「それでは戦わなければなりませんわね、始めましょう」
その頃私は十四歳になっていたが、さすがにドラゴンとの闘いは厳しかった。お父様から習った剣術、何度も何度も気絶して増やしてきた魔力、そして私の無事な帰りを待っていてくれているお父様にソルト、この二人の家族が私になによりも強い力をくれた。そうして半日以上かかったが、私はドラゴンに勝利した。
「それではドラゴン様、お引越しをお願いしますわ」
「待て小さき者よ、我に勝った証拠にこの牙やはがれた鱗を持って行くが良い」
「まぁ、素敵なプレゼント。ありがとうございます」
「そなたは我に止めを刺すこともできた、だが我を生かしておいてくれる良き隣人だ、何か遭ったら我を呼ぶがよい」
「お名前はなんとおっしゃるのですか?」
「ナールリングだ」
こうして私にはドラゴンの友達ができた、私はナールリングが引っ越した後も彼に時々会いに行った。さすがに最強の生物であるドラゴンに勝ったからといって、牙や鱗を見せた時はお父様もソルトも驚いていた。それから滅茶苦茶に心配をされたが、私の体に大きな傷はなかった。
「でも、楽しい日々もおしまいね」
「タミア姉さま、俺は寂しいです」
「まぁ、ソルトは姉想いね」
「姉さまは、姉以上の存在です。ああ、俺が五年早く生まれていたら……」
こうして私は楽しい日々を過ごしていたが、それももうおしまいになる時間だった。私は十五歳になりデビュタントに出ることになった、パートナーは普通なら婚約者である第一王子がなるものだが、一向に連絡が無いのでお父様がパートナー役をしてくれた。
「ドレス姿なんて落ちつかないわ、ねぇ似合ってる?」
「タミア、綺麗だよ。私のお姫様、自信を持って」
「俺も綺麗だと思うよ、タミア姉さま」
滅多に着たことがない私のドレス姿をお父様とソルトは褒めてくれた、こんなに優しい家族を持てたことに私は感謝した。そういえば婚約者である第一王子とは忙しくて、お互いに誕生日のプレゼントを贈り合うくらいの付き合いしかなかった。そんなことを考えながら私は第一王子と上手くやっていけるかしらと思った、そしてデビュタントに行ってみたら第一王子はとんでもないことを言いだした。
「僕はブレイク・コラン・ファンタジアはタミア・アベート・ファンタスティコ公爵令嬢との婚約を破棄する。僕はレフェル・ターボンス・ビスコット男爵令嬢と結婚する!!」
「まぁ、ブレイク様。レフェルは嬉しゅうございます」
「まぁ、お父様。殿下がこうおっしゃっていますがどう致しましょう?」
「殿下、その婚約破棄は陛下もご存じですか?」
「僕の結婚だ、父上も納得してくださる。レフェルを学園でいじめるような女と結婚なんてできるか!?」
「教科書を破られ、制服には泥水を、食事には毒が、……貴方だけが頼りでしたわ、ブレイク様」
「………………」
「………………」
私とお父様は顔を見合わせて首を傾げた、私はそもそも学園になど行っていない、だからレフェル男爵令嬢をいじめることもできないのだ。
「殿下、私の娘は学園には行っておりませんよ、その頃ならドラゴンと勝負をしていました」
「父の言う通りでございます」
「ハッ、ドラゴンだと馬鹿馬鹿しい。お前のようなか弱い威張り腐った小娘にそんなことができるものか!?」
こうして私達は強く反論したのだが、ブレイク第一王子は話しを聞かなかった。私は婚約者がこんなに頭が空っぽなんて知らなかった、だから馬鹿でも分かるようにしてやった。
「ナールリング、今すぐ来て頂戴。私と貴方の友情を馬鹿にする者がいるの」
私が父親から離されて捕まりそうになった時、美しい黒いドラゴンがお城の中庭に舞い降りた。そして、その私の友達であるドラゴンは威厳のある声で会場にいた者に言い放った。
「タミア公爵令嬢は我の友である!! お互いに全力で戦った大切な友だ!! その友を馬鹿にするというのならば我が前に出てくるがよい!!」
ブレイク第一王子はそのナールリングの声を聞いて失禁して腰を抜かしていた、レフェル男爵令嬢はそんな彼から離れてドラゴンを恐れて逃げ出した。だから私が中庭に出て、ナールリングと話をした。
「ナールリング、私達を馬鹿にした男の子が腰を抜かして歩けないの」
「わ――――はっはっはっ、度胸が足りぬか弱い男子だの」
「今夜、来てくれて嬉しかったわ。ナールリング、また今度ね」
「ああ、また会おう。我の大事な友よ」
そう言ってナールリングは縄張りへと飛び去っていった、そして後に残るは今頃やってきた国王陛下夫妻だった。
「タミア公爵令嬢、息子の非礼を詫びよう、婚約も取り消しとする。だからどうかドラゴンを倒すような力は使わないで欲しい」
「それでは喜んで婚約破棄をお受け致します、そして私は敵となる者にしかドラゴンを倒すような力は使いませんわ」
とまぁこんな感じで私のデビュタントは終ってしまった、同時にお婿さん探しも終わってしまった。誰がドラゴンと同じくらいの力がある嫁を貰いたいものか、私は家で思わずお父様とソルトに愚痴ってしまった。
「もう私はお婿さんは貰えないかも……」
「そんなことは無いよ、私のお姫様」
「そうだよ、それに俺が姉さまみたいに鍛えてるから、あと五年だけ待って欲しい」
「ソルトがお婿さんを探してくれるの? それなら五年くらい私は大人しく待ってるわ」
「そうかい、ソルトがそう言っているのなら大丈夫だろう」
「はい、必ず俺は姉さまに相応しくなってみせます」
それからも私は自分を鍛えるのを止めなかった、不思議なのはソルトがそんな私に挑戦し始めた。ソルトは剣術も魔法ものみこみが良くて、やがて私と良い勝負をするようになり、五年後に私がうっかり負けた時には素敵な告白をしてくれるのだった。
やっぱり王子様ばかりに頼ってないで、自分の力で何事も解決できるようにならないとね。
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