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3.花
「こんにちは、先生」
この施設は、ロの字型になっていて、ロの真ん中部分は広場になっている。用途も特になく、日光に焦がれた研究員がたまに這い出してくる以外は、閑散とした場所だ。その場所に今日もミヅキはいた。柔らかい微笑を湛え、手を振っている。
「本当にあなたはここが好きですね。敵機が来ないとも限りません。中へ戻られたほうが」
「でも世話はしないと」
言いながら彼は広場の片隅に膝を突く。彼の隣に並んでそちらを覗き込んだケイは目を細めた。
淡い紫色が風に揺れていた。
「綺麗に咲きましたね」
「ええ、村とは土の状態が違うし、根付くか心配でしたけれど、よかった。咲いて」
彼の言葉にケイは曖昧に頷く。
この人は、神の手を持つと言われる人だ。彼の手にかかればどんな植物も、動物も、成長、成熟させることができる。……細菌だって。
そんな超自然的な力を持つ彼なのだ。こんな小さな花を花開かせることくらい、朝飯前だろう。
だから、花の種を蒔こうと思う、と言う彼に、ケイは思わず訊ねてしまったのだ。
力を使われないのですか? と。その自分に、彼は目を伏せて、はい、と答えた。
「力なんて使わなくても……手間をかければ、花を開かせることはできるんです。誰だって。それが人だと思うから」
それを聞いたとき、猛烈に恥ずかしさを覚えた。
力がある者はそれを人々のために使って当然。
そう言ったのはキダだ。使える力を使わないなんて怠慢だとも彼は言っていた。けれど、ケイはキダの言葉に頷きたくはなかった。そんな理屈は傲慢だし、力があったとしても彼は人なのだから。キダがどう言おうと、彼に無理やり力を使わせることだけはしたくない、と思っていた。
けれど、自分だってキダと変わらない。花の種を蒔く彼が力を使わないその理由をいぶかしんでしまっている。使うも使わないも彼の自由なのに。
しかも、自分達は彼に嘘をついている。
「ここでの生活は……寂しくはないですか」
にもかかわらず、気遣うようなことを口にする自分にケイは吐き気を覚えた。ミヅキはケイの葛藤をよそに、そうですね、と軽い声で言い、空を仰いだ。
「寂しくないです。先生始め、皆さん良くしてくださいますし。何より、僕が役目を果たせば、こんな僕を育ててくれた両親が助かる。しかも」
空に向けられていた視線がふうっとこちらに向けられる。
「僕の役目は、この国も、両親のこれからも確実に豊かにしてくれるのでしょう?」
違う、と声が漏れそうになった。
彼の役目は……この国を豊かになどしない。いいや、もしかしたら豊かになるのかもしれない。敵国の大勢の人間の命を奪い、その財をむしり取ることで。
けれどそれをケイは彼に伝えることができない。
吹き飛ばされ、黒く煤けた大地。膝を突いて慟哭したあのとき、握りしめた土が掌に食い込んだあの鋭い痛みを自分は忘れられないから。決して、恨みを消せないから。
「頼りにしています」
そう言うと、彼はかすかに目を細めてこちらを見つめてから、揺れる花へと再び目を向けた。
「この花を……この国一面に咲かせられるよう、努めます」
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