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2.憎しみ
所内でも最下層に設けられているこの場所は限られた人間しか入室は許されない。
その許されない場所でミヅキは、毎日、複数のシャーレの前に座る。
彼はこの研究所の他の研究員がするように、シャーレを開け、培地を用意し、中の生命とも呼ぶのも憚られる単細胞生物の状態に一喜一憂することもない。
ただ、シャーレに手をかざすだけだ。にもかかわらず、ケイや他の研究員がたどり着けなかった段階へ細胞を進化させることが、彼にだけはできる。
「ステップ2への成長率、全体の五割です。ありえない数値です」
「なんでも望む形へ育てるわけか、神の手、というやつは」
上官のキダはケイの報告に皮肉気に口角を上げる。
「恐ろしいものだな。まあ、彼がこちら側にいてくれてよかった。敵国だったら脅威になりかねない。ここ最近、逃げ出す兵も多いが……逃がすなよ。彼のことは」
「しかし、本当にこのままでいいのでしょうか。彼は今でも、自分が育てているものが、土壌を活性化させ、農作物を豊かに実らせるための細菌だと思っています。何も知らぬまま、育てさせることはあまりにも……」
「ケイ」
キダの声が有無を言わせぬ圧となってケイの言葉を止める。冴え冴えとした眼差しがこちらに向けられていた。
「君は忘れたのか。敵国によって吹き飛ばされた故郷のことを。亡くなったのだろう。母親も、祖母も」
言われて、息が、止まった。
忘れるはずがない。忘れられるはずがなかった。
――学者先生になれば、戦いに行かなくて済む。オサムのように異国の地で散って戻れなくなることだけは母さん、嫌だもの。あんたは賢くて本当に良かった。
軍直轄の研究所への勤務が正式に決まったとき、母はそう言って泣いて喜んだ。祖母も皺にうずもれた顔をますますしわしわにして笑った。
ただ、ケイは素直に喜べずにいた。
父を幼いころに亡くし、戦闘機乗りの兄のオサムが戦死して以来、この家の男手はケイひとりだったからだ。自分がいなくなった後、誰が母たちの面倒を見てくれるのだろう。不安ばかりが募った。
そんなケイの気持ちをよそに、着任前日にはケイの好きなものばかりが食卓に並んだ。
食糧難で……毎日の食事も事欠く状態であったと言うのに。
――頑張って、ケイ。
そう言って母は、ケイを送り出してくれた。
戦争が終われば、母とも、祖母とも元通り笑い合える。そう思っていた。思っていたのに。
その希望は、敵国の襲撃によって潰えた。
国土の半数が焼かれ、女子供を含む多くの国民が犠牲になった。
ケイの母も、祖母も。
草木のひとつもなくなった、焼け焦げた大地のあの、鼻に突き刺さるような憎い臭いを、忘れた日なんて一日だってない。
「やるしかないんだよ」
浮かびかけた良心は、キダの声によって心の奥地へと沈んだ。
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