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「チアくん、ご飯は美味しい? ……ふふ、それはよかったわ」
兄の千晶を母はチアくんと呼ぶ。
私は晶良という名前だけど、母はアキちゃんと呼ぶ。
父はどちらも名前で呼んだ。
兄はもういないのに、母はいったい何に話しかけているのか。答えは私の隣の席にある。
母お手製の千晶人形だ。
シーツを使って兄に変わる人形を作り上げた。かつて兄が着ていた服に袖を通している人形は、油性マジックで顔まで描かれている。
父も私も、見慣れてしまった光景に口を挟むことはしない。
いや、父は何かを言いたそうに、傷ついたような顔で新聞の向こうから母を見ている。
私の視線に気が付いた父は、バツが悪そうに苦笑した。
私は無表情のまま視線を落とす。
目玉焼きが乗ったトーストを口いっぱいに頬張り、少しでも早くこの場を離れようと試みた。
「アキちゃん。そんなに急いで食べたら喉に詰まらせるわよ。ゆっくり食べなさい」
「……うん」
母の中で私の存在が消えていないことだけはまだ救いだろう。
兄しか……否、千晶人形しか見えなくなってしまったら私の居場所はここにはなくなる。
だけど、ある意味母は千晶人形につきっきりだ。
人形が自分の足で歩けないことの解釈は、事故の後遺症で足が動かなくなったということになっている。だから母がつきっきりで介抱しなければいけないのだと。
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