1. 父親は妖精王?!

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「彼女は、家政婦の柏木 依子さんだ。家のことは全て彼女に任せている。  何か要るものや困ったことがあれば、何でも彼女に言ってくれ」  依子が丁寧にお辞儀をし、にこやかな笑顔を見せた。 「彼は、私の花弟子で、青葉という。  庭にある離れに住まわせているが、食事は、ここで一緒にとっている」  青葉がどうも、と軽く会釈した。突然現れた同居人の存在に戸惑いながらも、笑みを忘れない。 「彼は、外国暮らしが長くてな、日本のことにはあまり精通していない。  皆、よくしてやってくれ」  それだけ言うと、これで話は終わったとばかりに良之は、食卓に置かれた新聞を開いて座った。  それを合図に、依子がいそいそと朝食の支度にとりかかる。ラムファに好きな席に腰掛けるよう促し、トーストにするか、ご飯にするかと甲斐甲斐しく声をかけながら、台所と居間を行き来する。ラムファは、それに〝ご飯で〟と笑顔で答えると、何の躊躇いもなく、麗良の斜め前に座った。 「ラムファさんは、どちらの出身なんですか。  僕、あまり英語は得意じゃないのですが……日本語は、話せますか」 「シュッシン……あぁ、出身、ね。ここからずっと遠い国から来たんだ。  私も英語は話せないよ。日本語で構わない」 「よかった、日本語がお上手ですね。  先生が海外の方と交流があるなんて、長年弟子をしている僕でも知らなかったなあ」 「お義父さんとは、麗良が生まれた時以来会っていなかったからね。  君が弟子入りしたのは、そのあとだろう。知らなくて当然だよ」 「え、お義父さん……?」  それまで和やかに交わされていた会話が突然不穏な空気に包まれた。 「ああ、私は麗良の父親なんだ」  突然、がしゃんと背後で食器が割れる音がし、皆が振り返ると、ちょうど朝食を運んできていた依子が盆ごと畳の上に落としたところだった。まあなんてこと、すみませんすみません、と散らばった朝食と食器を片付けようとする依子に、いつもなら真っ先に手伝いますと駆け寄る筈の青葉は、呆然としたまま動く気配がない。  すると、それまで黙っていた麗良が突然、食卓を叩いた。 「……なにが、ご飯がいいな、よ。何故、さも当然のようにそこに座って、何事もなかったかのような顔をして和やかに会話してるのよ」  麗良の肩は、怒りで震えていた。 「この人は昨日、うちの学校に現れた不審者ですよ。  そんな人を家に置くだなんて……警察を呼んで突き出してください!」  いきり立ち、ラムファに向かって人差し指を突き付ける。依子は、驚きで顔面蒼白に、青葉は、戸惑いながら麗良とラムファを交互に見やった。  それまでじっと話を聞いているのかいないのか解らなかった良之は、眉根を寄せて新聞から顔を上げた。指を突き付けられた当の本人は、きょとんとしている。 「レイラ、誤解だ。パパは君に喜んでもらおうと花をプレゼントしただけなんだ。  不審者だなんて、とんでもない」 「なんだ、花くらい受け取ってやりなさい」 「校庭中を埋め尽くす花を? 非常識にも程があります!  しかも、その所為で授業は中断、皆に迷惑が掛かりました」  良之が呆れた視線をやると、ラムファは大きく首を振った。 「そ、それは……女の子は皆、ああいうのが好きだと聞いて……」  しどろもどろに弁解をするラムファを麗良がきっと睨み付ける。 「それに、何度も申し上げましたが、私に父はいないんです。  勝手な言いがかりはやめてください」  おじいさまからも何とか言ってください、と訴える麗良に良之は、新聞に顔を埋めて答えた。 「その男がそう言うのなら、そうなんだろう」  麗良の顔がみるみるうちに赤くなっていく。 「なっ、なっ、なっ………」  あまりの理不尽さに言葉を失う。本当に父親なのかどうかはさておき、そのような重大な話を簡単に肯定する祖父の態度が信じられなかった。それも新聞を読みながら、まるで今日は良い天気ね、そうだね、と受け答えするかのように、だ。  しかし、こういう時の祖父には、これ以上何を言っても無駄だと経験上知っている。麗良は、怒りを抑えて、がくりと肩を落とした。 「……学校へ行きます」  それだけ言うと、鞄を手に居間を出た。頭がくらくらする。  玄関で靴を履いていると、青葉が追いかけてきた。 「麗ちゃん、僕も行くよ」  そう言って靴を履こうとした青葉を、麗良が真正面から向き合い制止する。 「必要ない。だって、不審者は……」  続く言葉は、青葉の後ろからこちらへ向かってくるラムファに向けて発せられた。 「家にいるもの」  青葉が振り返ると、肩をすくめて見せるラムファの視線とかち合った。  その間に、麗良はさっさ外へ出ると、拒絶するように玄関の引き戸をぴしゃりと音を立てて閉めた。
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