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麗良が自分の幼い頃の記憶の断片を女の子に話して聞かせると、ようやく女の子は打ち解けてくれたようで泣き止んだ。
女の子は、名前を、あかりと言った。
「迷子センターに行けば、お父さんに会える?」
迷子センターというほど大きな施設はないが、植物園の入口にある案内所へ行けば、園のスタッフに園内放送であかりの父親を呼び出してもらうことができるだろう。そうすれば、すぐにお父さんが迎えに来てくれるからね、と麗良が伝えると、あかりは、勇気づけられたように大きく頷いて見せた。
植物園への入口までは、東屋から延びる道をこのまま進むのが早い。そう考えた麗良は、あかりの手を握り、東屋から外へ出た。
すると、そこには、進行方向を塞ぐように黒い服を着た数人の見知らぬ男たちが目の前に立ち塞がっていた。
「何なんですか、あなたたち」
咄嗟に麗良は、あかりを背後に庇った。何かの映画かドラマの撮影だろうかと思い、周囲に視線を巡らして見たが、カメラらしきものは見当たらない。
子供を狙った誘拐犯だろうか、と麗良が警戒して相手の出方を伺っていると、その内の一人が一歩前に出た。
「花園 麗良さんですね。
手荒な真似はしたくない。我々と一緒に来てもらえますか」
男は、サングラスをかけているので、冗談を言っているのか本気なのかよくわからない。
男たちの狙いがあかりではなく、自分であることに麗良は多少ほっとした。何故彼らが自分の名前を知っているのか、何が目的なのか、色々と疑問はあったが、ここは大人しく彼らの言うことに従うと見せた方が良いだろう。
「わかったわ。でも、この子は関係ないのでしょう。
だったら、この子を父親のところへ帰してあげるまで待ってくれないかしら。迷子なのよ」
麗良の柔和な口調から抵抗する気はないと感じ取った男たちが、どうしようかと互いに顔を見合わせる。
――どうする。
――事を荒立てて目立つのはまずい。
――では、二手に分かれるか。
――いや、この際、あの子供も一緒に連れて行こう。あとでどうとでもなるさ。
――子供の父親が追い掛けて来ても困る。
――じゃあ、子供は置いて行くか。
――大声で騒ぎ立てられて、人が集まってきてもまずいだろう。
男たちが油断して話しているうちに、麗良は、そっとあかりに小声で話しかけた。
「走れる?」
あかりが頷くのを確認すると、麗良は、男たちに気付かれないよう、そっと東屋へと後退し、反対側の出入り口から飛び出した。
「女が逃げたぞっ」
男たちの内の一人が叫ぶのを背後で聞いた時、麗良は、東屋から伸びている道とは反対側の林の中へと駆け込んでいた。手にはしっかりとあかりの手を握っている。
林は、下り坂になっていて、そのまま駆け下りれば、植物園の入口へと一直線だ。林を抜ければ人通りもあるし、誰かに助けを求めることもできる。
背後では、男たちが林の中へ入って追い掛けてくるのが気配で分かったが、乱立する針葉樹の障害物に立ち塞がれて、すぐには追いつけない。更に、暗い針葉樹林が程よく麗良たちの姿を見えにくくしてくれている。
麗良は、あかりが転ばないよう注意しながら坂を下って行った。
(どうしてこんなことに……)
麗良は、今日何度目かになる不満を胸でぼやきながら、こうなったのも全部あの男の所為だと思った。
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