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事態が収まった後、麗良は、案内所まであかりを連れて行った。そこには、既にあかりの父親が待っていた。娘を捜してもらおうと案内所へ来ていたのだ。
お父さん、と言って父親の腕に抱かれるあかりを見て、麗良はほっと胸を撫でおろした。大変な事に巻き込んでしまったと心配していたが、案外あかりは、けろっとした顔をして麗良に言ったのだ。
「お姉ちゃんのお父さん、すっごくカッコイイね」
仲良く手を繋いで帰って行く二人を見送り、麗良は呟いた。
「お父さん、か……」
今まで自分に父親はいないと言い聞かせて生きて来た。家族の誰一人として、麗良にその存在を感じさせまいとしているのがありありと分かっていたからだ。
でも、その本当の理由を麗良はまだ知らない。麗良は、覚悟を決めて、ラムファに向き合った。
「全部話して。どうして私たちと離れて暮らさないといけなかったのか。
どうして今まで一度も連絡すらくれなかったのか。
おじい様に言っていた、約束って何なの?」
初めてラムファが麗良の家に現れた時、彼は、良之に向かってこう言っていた。
『お義父さん、お久しぶりです。私です、約束通りレイラを迎えに来ました』
その時は、突然のことに頭が真っ白になってしまい、その言葉の意味を追及することが出来なかった。それ以降も、気にはなっていたものの、ラムファを避けるような態度をとっていたことで、聞く機会を失っていた。
それに、麗良の中でまだ話を聞く覚悟ができていなかった、ということもある。
麗良は、顔を上げて、目の前に立つ背の高い色黒の男を真正面から見据えた。まだこの男を自分の父親とは認められないが、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。
それに、つい今しがた命を助けられた身として、話を聞いてあげることくらいなら良いかとも思った。
ラムファは、じっと何かを考えこむように黙っている。
「私は、まだ何一つ説明してもらっていない」
そうだね、と静かにラムファは頷いた。
「家へ帰ったら、きちんと話をしよう。
まずは、それを聞いてから、どうするか……レイラに判断してもらいたい」
その時、茜色に染まりつつあった空を背景に、青葉が手を振りながらこちらへ駆けてくる姿が見えた。
ラムファは、青葉に聞こえないように小さく、約束だ、と口に人差し指を当てて口角を上げて見せた。
全ては、ラムファの話を聞いてから始まる、そんな予感がした。
***
植物園から帰った夜、いつもなら自室から出てこない麗良が珍しく食卓の席についていたので、依子と青葉は互いに顔を見合わせて不思議そうな顔をしていた。
良之だけは、いつもと変わらない顔で食事をとっていたが、その表情は、どこか少しだけ嬉しそうでもあった。
ラムファは、いつにも増して饒舌に麗良に向かって話しかけていたが、麗良から返ってくる返事は、ふーん、とか、べつに、という素っ気ないものだった。
夕食を終えて、青葉が離れにある自室へと戻り、依子が片付けを追えて自宅へと帰って行くと、居間には、祖父の良之とラムファ、麗良の三人だけになった。
良之は、いつもなら夕食を終えるとすぐに自室へ引き上げてしまうのだが、何故か今日に限って、いつまでも居間で依子の入れてくれたお茶をすすっている。
「今日は、植物園へ行って来たのか」
とうに冷めてしまっているであろうお茶の入った湯呑を片手で揺すりながら、良之が口を開いた。普段とは違う祖父の雰囲気に若干戸惑いながら麗良がそうだと答えると、良之は目線を上げずにぽつりと呟くように言った。
「楽しかったか」
麗良は、何と答えて良いか分からず、難しい顔をして、読みかけの単行本に顔を埋めた。初めは、青葉と二人きりで行く楽しい遠足の筈だったのに、ラムファの所為で変な黒服の男たちに追いかけられるわ、危うく拳銃に撃たれて殺されそうになるわと、散々な一日となってしまった……とありのままを話せば、良之は、どんな顔をするだろう。
ちらりと横目でラムファの様子を伺うと、こちらの会話が聞こえているのかいないのか、デザートのチョコレートアイスを幸せそうな顔で食べている。先程見た、植物たちを自在に操り、黒服の男たちを追い払ってくれた勇敢なヒーローにはとても見えない。
「……………………まあまぁかな」
単行本に顔を埋めたまま、くぐもった声で麗良が答えるのを聞くと、良之は、そうか、とだけ言って、湯呑の底に残ったお茶を飲み干し、湯呑を台所へ片付けてから自室へと引き上げて行った。
一体、何が言いたかったのだろうか、と不思議な顔で祖父の出て行った扉を麗良は見つめたが、そこに答えがある筈もない。それよりも今は、ラムファの話を聞かなくては、と思い直して、手にしていた単行本を閉じた。
ラムファは、ちょうど食べ終わったアイスクリームの底を名残惜しそうにスプーンでつついている。麗良が両手を机の上に音を立てて置くと、びくりと飛び上がりそうなほど驚いて麗良を見上げた。
「さあ、洗いざらい話してもらうわよ」
麗良の剣幕に気圧されながら、ラムファは、覚悟を決めようにスプーンを置いた。
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