2.依頼人、大蛇を語る

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2.依頼人、大蛇を語る

baeef51b-274e-403d-a202-e50c37280cee 2.依頼人、大蛇を語る  十一月二十六日(月曜日)   『信じられないかも知れませんが……全長数十メートル、胴回りが人間の大人程もある巨大な謎の殺人大蛇が人を絞め殺していると言ったら、探偵さん……貴方は信じますか?』  隣に座る好青年風の男性にそんなにわかには信じられない話を振られ、勘太郎は「へぇ?」と返事を返すと自分の耳を疑う。何故ならそんな突拍子のない話をこの青年が行き成りして来るとは想像すらしていなかったからだ。  そんな勘太郎の反応をマジマジと見ていたその青年は、注文したブレンドコーヒーに砂糖を1~2杯入れると荒々しく掻き混ぜる。  問い掛ける言葉こそ丁寧だがその表情は硬く、スプーンを動かす度に肩まで伸びたワンレンの黒髪がサラサラと揺れる。  服装は紺のスーツを綺麗に着こなし、見た目は若いながらも清潔感が漂う。そんな彼が行き成り話し出したその話題は、まるで悪い冗談でも言っているかのように勘太郎には聞こえてしまう。  勘太郎はその青年の鬼気迫る顔とカウンターの中でグラスを洗う初老の男性の顔を交互に見比べながら同返事をした物かと考える。  時刻は夜の二十時五十分。  冬が間近まで近づき本格的に寒さが身に染みる今日この頃。路上を通る人達は皆厚手のコートや防寒着を羽織、肌を刺す用な寒さを防いでいる。そんな千葉県にある、とある駅に近い商店街の町中にその黒いビルはある。  五階建てのビルの2階の表には『黒鉄探偵事務所』と書かれた大きな看板があり、その真下の1階にはコーヒーが旨いと評判の喫茶店。初老のマスター『黄木田源蔵』が手掛ける『黄木田喫茶店』がある。  店の外の通りは家路に帰ろうとするサラリーマンのおじさんや若いOL、更には部活帰りの高校生達が入り乱れ、駅へ向かおうとする者と商店街に立ち寄ろうとする者とで皆がすれ違い交差する。  そんな賑わう通りとは対照的に喫茶店の中は優しいクラッシックの音楽が静かに流れ、落ち着いた雰囲気を醸し出す。  昭和初期の古びた図書館を思わせるその内装の四方の壁には各ジャンルに分類された書物がびっしりと埋め尽しており、漫画喫茶には到底置いてはいないよくわからない古い書物が綺麗に並ぶ。  その古棚の中から気に入った本を数冊選び、中央にある所定の椅子で注文したコーヒーを美味しく頂く。  そうこの優雅で落ち着いたスタイルこそが訪れたお客たちに受け、ちょっとした人気の店となっている。  駅近で、コーヒーも旨いし、軽く時間を潰すには最適な場所だ。  少量の雑誌類が置いてある普通の喫茶店とは違い、この喫茶店の目玉は地下三階にも及ぶ広い書物の空間にある。  その一つ一つのフロアを埋め尽くす図書館の用な作りこそが、この黄木田喫茶店の売りであり特徴なのだ。    そんな入り口に近い店内のカウンターテーブルで勘太郎は熱いコーヒーを一口飲むと、その青年の次なる言葉を待つ。  フと外を見ると窓からは街のネオンが煌々と見え、夜が深まる閉店間近な店内では手慣れた感じで仕事を熟す黄木田店長が静かに食器を拭く。  そんな客もまばらな店内で今回待ち合わせをした依頼人は『大沢柳三郎』(二十二歳)と名乗る、落ち着いた雰囲気を持つ細身の若者である。  今から一時間ほど前、東北地方からこの千葉の地へと降り立った大沢柳三郎はそのまま電車を乗り継ぎ、黒鉄探偵事務所の真下にある黄木田喫茶店で、とある探偵と待ち合わせをする。その待ち合わせた探偵こそが我らが主人公。青いネクタイを首から下げたオールバックの青年にして、全身をダークスーツに身を固めた怪しげな探偵。彼こそが『黒鉄勘太郎』(二十三歳)その人である。  柳三郎は自分とそう歳も変わらないであろう勘太郎を怪しげに見つめると凄く不安そうな表情をしていたが、ある人物からの使いでここに来ている事もあり、藁にもすがる思いでこの変わり者の探偵に熱い視線を送る。  この関東周辺でも探偵事務所としてはマイナーな黒鉄探偵事務所に直接依頼を頼みに来たのは何とも不思議でならなかったが、苦悶の表情で見詰める柳三郎の威圧にさすがの勘太郎も息苦しさと疑問を感じているようだ。  挨拶も簡単に大沢柳三郎は、ブレンドコーヒーを手に持つ勘太郎に向けて突如言い放つ。 『全長数十メートル、胴回りが人間の大人ほどもある巨大な謎の大蛇が人を絞め殺していると言ったら、あなたは信じますか?』と。  これから依頼内容を聞こうとしている時にその突拍子もない大蛇の話が出た事もあり、周りで話が聞こえていた周囲のお客さん達は皆沈黙しその動きを止める。だがそんな事はお構いなしに柳三郎は内心戸惑っている勘太郎を真っ直ぐに見据えると次なる反応をただひたすらに待つ。 「……?」  聞き手に何を期待しているのかは知らないがこのままでは一向に拉致があかないと思った勘太郎は、仕方無く話を聞き返す。 「だ、大蛇って、それって蛇の事ですか。そんな大きな蛇がこの日本にいる訳無いじゃないですか。B級の動物パニック映画じゃあるまいし。やだなぁ、冗談きついですよ」 「冗談なんかじゃ無いですよ。俺もその大蛇の話を聞いた時は何かの見間違いか冗談かと村の人達を疑りましたが、その大蛇は本当に存在します。大蛇を見たと言う村人達の証言だってありますから」 「そ、そうなのですか、でもそう言われてもね~ぇ。十一月のこの寒い時期にそんな大蛇の話を信じろと言われてもちょっと無理があるんじゃないかな」  話半分に聞きながらも内容を疑う勘太郎に対し、柳三郎は顔を近づけると興奮気味に言う。 「信じられないのは無理もないですけど本当の事なのですよ。あの巨大な大蛇は村の山々の周辺に昔から生息していて人知れず山の小動物達を襲い餌にしています。必要なら生きた人間でさえも獲物にしているとか。本当です、嘘じゃないんだ!」 「分かりました、分かりましたから、とにかく落ち着いて下さい。柳三郎さん」 「だから俺はあんたに会う為に東北から遥々ここに来たのだ。あんたの噂はいろいろと聞いているよ」  噂って一体どんな噂だよ~と思わずツッコミたかったが、勘太郎は言うのをやめる。どうせろくでもない噂だと分かっているからだ。 (村に大蛇が出たから人づてにここへ来たと言われてもなぁ。その話の流れで、何でここに来る事になるんだよ。どう考えても可笑しいだろう? ここは小さな民間の事件を扱う探偵事務所だぞ。因みに害虫駆除や外来生物の捕獲の類いの仕事は一切行ってはいない。そう言うのは専門の駆除業者にでも頼んでくれよ)  そう思いながらも勘太郎は一応最後まで話を聞いてみる事にする。  興奮冷めあらぬ中、自分に話して少しでも気が済むのならそれでいいと勘太郎は思ったからだ。果たして柳三郎が持ってきたこの謎の依頼は民間の小さな探偵事務所を構える探偵が解決出来るような事件なのだろうか。本題へと移るのはそれを聞いてからでも遅くはないだろう。  勘太郎は話を聞く素振りを見せながらも敢えて疑問を問い掛ける。 「それって東北のどこの村の話ですか。まさか大蛇を見たと言う村人達の目撃証言だけで貴方はその胡散臭い話を信じたのですか。そう言う都市伝説級の話のオチは、何かの見間違いと相場が決まっているのですがね。でかいでかいと大袈裟に騒いでいても実はそれ程大きくはなかったと言う話もありますし。いずれにしてもここへ来るより先に、先ずは保健所や警察、もしくは猟友会にでも相談して見るのが先ではないでしょうか」  勘太郎は冷静に振る舞いながらも、大沢柳三郎が持ち込んだ巨大な大蛇の話を遠回しに否定する。  そんな勘太郎の否定的な態度に柳三郎は「まあ…探偵さんの言いたい事は分かりますが…」と呟くと、カウンターテーブルに顔を付け突如静かになる。  その意味不明な柳三郎の反応に勘太郎は、自分にわざわざ会いに来た優男の言動を大いに怪しむ。  もしかしたら単なる狂言、もしくはただの嫌がらせと言う線も考えられる。何せこの探偵事務所に大蛇の話を持ち込んで来ること事態大いに怪しい事だからだ。  そんな余計な心配をする勘太郎の前で、柳三郎はカップに残っている残りのコーヒーを一気に飲み干すと、青ざめた顔で静かに語り出す。 「じ、実を言うと……俺も……その大蛇を見たのです。この目ではっきりとね。あんな大きな蛇は小島の経営する蛇園でだって見たことが無いです。それくらい大きな蛇でした。俺だって信じられないけど、この目で見てしまったのなら現実を受け入れて信じるしか無いじゃないですか!」 「見たって大蛇を、ですか。一体何処で見たのですか」 「俺の住んでいる地元の神社の周辺で、です。行方不明だったある人を捜索中にその場所でたまたま大蛇を見つけたのです。しかも近くにはその行方不明だったとされる女性の死体も一緒にありましたから、その大蛇に襲われて死んだ物と思われます。ああ、それと一年くらい前にも、この社周辺で同じように亡くなった伊藤松助さんと言う人がいましたが、その彼もこの社近辺で変死体となって見つかっています。同じく首を強い何かで絞めつけられての窒息死と言う状態で、です。周囲では、もしかしたら松助さんはこの社に巣くう大蛇に絞め殺されたのでは? と言う噂が真しやかに囁かれていたのですが、でもまさかそれが俺の目の前で現実の物となるなんて夢にも思いませんでした」 「ひ、人が死んでいるってぇぇ……しかも同じ場所で二人も、それはいつの話ですか」 「最近見つかった死体の方の話ですか。あれは二週間くらい前の話です。その死体で見つかったという被害者は、実は俺の母親なのですがね」 「うっぐぅっ!」  人が実際に大蛇に襲われて死んでいると聞き勘太郎は飲みかけたコーヒーを口から吹き噎せ返る。しかも死亡したその被害者と言うのが自分の目の前にいる大沢柳三郎の実の母親だと言うのなら尚更だ。  驚きの余りこぼしてしまったコーヒーの液体が自慢の黒いスーツズボンに染みを作る。 黒のダークスーツの為そんなには目立たないが、おしぼりを手に取った勘太郎は慌ててズボンに付いた液体を丹念に拭う。その姿は何とも滑稽で、知らない人が見たら情けなく思う事だろう。 「ああぁぁー、俺の大事なスーツズボンがぁぁっ!」 「大丈夫ですか」  不運なアクシデントに狼狽する勘太郎に対し優しく見守る黄木田店長は更なるおしぼりをさり気なく渡していたが、カウンターテーブルを隔てた反対側にいる柳三郎にゆっくりと視線を向ける。  どうやら二人の会話を黙って聞いていた黄木田店長の好奇心に火をつけてしまったようだ。  今現在取り込み中の勘太郎に代わり、黄木田店長が話を聞く。 「実際に人が死んでいるとは穏やかではありませんね。一体どう言う事なのか詳しく教えてはくれませんか」 「喫茶店の店長のあんたに、か? まあ、黒鉄の探偵さんとはどうやら知り合いみたいだし、最初からお話しますね。秋田県の山深い田舎にある小さな村、『草薙村』で起きた摩訶不可思議な怪事件の話を」
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