5.草薙村に到着する

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5.草薙村に到着する

5.草薙村に到着する  十二月四日(火曜日) 『黒鉄さん。危ないですからその玩具、そろそろ閉まっては貰えないでしょうか』  鈍い音を響かせながら宙を舞う2つの空き缶は、そのまま地面へと落下し転がり落ちる。その光景を得意げに眺めていた(長いトレンチコートを着込んだ全身黒服の探偵)黒鉄勘太郎は、背後から聞こえて来る溜息に思わず振り返る。  そこには(白一色のモコモコのコートと長いスカートを身に着けた)羊野瞑子の姿があった。勿論その顔には直射日光を避ける為に用意された白い羊のマスクを被って来ている事は言うまでも無い。  その彼女が道中新幹線やバスを乗り継いでここまで来たのだから、周りにいた人達からの好奇の目は避けられなかった事だろう。  もし不審人物として警察にでも通報され用物なら、勘太郎は保護者兼上司として、わざわざその訳を一から警察に説明しなければいけないからだ。そう思わせてくれる程に今の彼女のその姿はツッコミどころ満載の怪しい姿をしていた。  だがそんな周りの注目など全く気にしない羊野は、白いアームカバーから伸びる右腕首に固定された腕時計に目を向けると、今現在の時刻を確認する。  時刻は十三時十分。一週間前に依頼人の大沢柳三郎から依頼を受けた勘太郎と羊野は、東北新幹線とバスを乗り継ぐとやっとの思いでこの草薙村のバス停へと辿り着く。  人が全くと言っていい程姿を見せないその場所は森や田畑に溢れ、勘太郎が想像していた通りの田舎町を彷彿とさせる。  最も今は寒い十二月なので田畑には何も作物は無く、夏に周りを覆う緑の雑草の類いも今は全く見えない。それでも周りを覆う立派な杉の木は緑色に輝き、山々から流れる力強い命の息吹を感じずにはいられない。そんな場所だ。  十分前、一緒にバスに同乗していた幾人かの人達は皆この草薙村バス停で共に降りたが、既に迎えに来ていたワゴン車を見つけると皆我先にと乗り込みその場を後にする。  厳つそうな顔をした金髪の若者から、人の良さそうな叔父さん。または小綺麗な中年女性に話好きな叔母さんまで。老いも若きも入り乱れたその男女の格好から察するにどうやら彼らはこの村の人間では無い用だ。恐らくは日雇い労働者かなにかなのだろうと勘太郎は考えるが確信は無い。何故ならこんな見るからに何も無さそうな田舎の村にわざわざ町の方から出向いて来るなど普通は考えられないからだ。だとするならばこの村には日雇い労働者を引きつける何かの産業があると言う事になる。 (そう言えば柳三郎さんの話だと、この村周辺の山々の地主でもある大沢家は何かの産業を行っていると言っていたな。確か農業・林業・畜産業に力を入れている……大沢農園株式会社だったか。もしかしたらその大沢家に雇われたバイトの人達なのかも知れないな。しかし十二月だと言うのにここに仕事なんかあるのか?)  そんな事を思いながら勘太郎は羊野と共に迎えに来てくれるはずの大沢柳三郎をただひたすらに待つ。そう待ち続けているのだが……あれ以来、人の姿が全くと言っていい程見えない。擦れ違う村人はおろか、次に来るはずのバスすらも何故か来ない。気になって時刻表を見てみると次にバスが到着する時間は約三時間後である事が表示されていた。かなりの田舎だけあってバスは一日に二~三本しか通らないらしい。  そんな記載に目を通しながら勘太郎は改めて周りを確認する。  空は隅々まで晴れ渡り冷たい空気を運び、周囲の山々から見える樹木には杉の木や松の木がまるで競い合うかの用に辺りを覆う。その舗装された道は緩やかな坂道になっており、そのまま奥に行くと草薙村の中心部に入って行くらしいとの事だ。  そんな中にポツンとある掘っ建て小屋の用な停留所は見た目以上に古く、中々の渋さと年季を感じさせる。  その掘っ立て小屋の隣にある古びた自動販売機でジュースを買った勘太郎と羊野はジュースの入ったアルミ缶を持ち歩きながら周りの風景をしばらく楽しんでいたが、その後依頼人が来るまでの時間潰しとばかりにカラになった空き缶2缶を古びた切り株の上へと乗せると、黒いコートの内側に隠し持っていた黒い何かの塊を素早く取り出す。  抜き取ったその手にはデザートイーグルのレプリカの電動銃・自称『黒鉄の拳銃』と呼ばれている玩具の銃がしっかりと手に握られていた。どうやら勘太郎はここで銃の試し撃ちをしていた用だ。  十メートル程離れた地面の下には、撃ち落とされ、真ん中を大きく陥没させた空き缶2缶が無造作に転がる。その陥没させた重火器の名はオートマチック式拳銃・デザートイーグル。猛獣をも一撃で仕留めるハンドガンであり、最大の357マグナム弾を発射するマグナムオートだ。  かつて軍用銃の名門IMI社が開発した拳銃で、体の小さな大人や女性子供が使用しよう物ならその凄まじい衝撃で肩が外れるとされる恐ろしい自動拳銃である。  そんな自動拳銃デザートイーグルに『似せた電動ガン』つまりはレプリカ『玩具』を勘太郎は所有し。更に場合によっては所持しているのだ。  そんな中二病のガンオタクが持ち歩きそうな玩具の銃だが、たかが玩具と言っても侮るなかれ。勘太郎が持つこの電動ガンはかなりの違法の改造が施されており、手に持つグリップの中に内蔵されているマガジンには超強化ゴム弾が三発程内蔵されている。  その威力は当たったら死なないまでもその痛みに悶絶し、しばらくは立ち上がれない程の衝撃を受ける。当たる箇所が悪ければ骨にひびくらいは入れられるかも知れない、そんな洒落にならない強力な威力を持つ危険な玩具だ。  この電動ガンは、元々は黒鉄勘太郎の父親、黒鉄志郎の持ち物であったのだが、今は2代目でもある勘太郎がしっかりとその遺産を受け継いでいる。勿論あくまでも護身用の為に持っているのだが、警察に見つかったら速一発でアウトなので絶体絶命のここぞという時だけ使う用に心がけている。  そんな違法武器を後ろの腰ベルトのショルダーケースへとおさめた勘太郎は、自分の世界に浸ると羊野にどや顔を決める。 「どうかな、羊野君、俺の銃の腕前は、結構上手い物だろう。あれから更に腕に磨きがかかったとは思わないかね」 「はあ~黒鉄さん、そんな危険な玩具を持っている所を誰かに見られたら頭の可笑しなガンオタだと思われてしまいますよ。それにもし警察に見つかったら恐らくは玩具とは言え改造ガンですし、逮捕…もしくは留置所で厳重注意されて、玩具の銃は没収されちゃうかも知れませんよ」 「ハハハー、大丈夫、大丈夫。そんな『へま』はしないし、見つからないから恐らくは平気だろう。それに、仮にもし見つかることがあったとしても、この電動ガンだけは大丈夫なのだよ」 「いや、普通に考えても大丈夫じゃないですって」  何処か遠くを見つめしみじみ言う勘太郎に納得のいかない羊野だったが、これ以上この話をしても埒が明かないので仕方なく話題を変える。 「草薙村に到着してから三十分は時間が過ぎていると思いますけど、柳三郎さん遅いですね。バスの中で電話を掛けた時には直ぐに迎えに行くと言っていましたのに……まさか私達のことを忘れているんじゃないでしょうね」 「まさか、そんなことは無いと思うけど、不安ならもう一度電話をかけてみるか」  そんな会話をしていると、勘太郎と羊野の目の前に青い乗用車がキイィーと音を立てながら慌ただしく止まる。車種は青のGTRのスカイラインだ。 「すいません、大変遅くなりました。黒鉄探偵事務所の方ですか。黒いダークスーツに身を固めている方が黒鉄勘太郎さんで……そちらの羊のマスクを付けている白い服装の方が羊野瞑子さんで間違いありませんか?」  運転席側の窓ガラスが下がり、一人の優男が顔を向ける。まだ若い二十代くらいの青年に突然話しかけられた勘太郎と羊野の二人は、お互いに目配せをすると無言で頷く。 「あ、申し遅れました、私は大沢柳三郎さんからあなた方を向かいに行くようにと命ぜられて代わりに来ました大沢農園株式会社の従業員『宮下達也』と言う者です。これからあなた方二人を我が主の当屋敷、大沢邸に案内させていただきます」  この宮下と言う青年が羊野を見ても驚かないのは、もう既に俺達の話が大沢家の関係者達に伝わっているからだろう。  車から降り深々と頭を下げるその礼儀正しい青年は、白のワイシャツの上に青の上着を綺麗に着こなしている。下の方は少し幅の広い作業用ズボンを着用しているが、黒く頑丈そうな革靴の方は所々に泥や土がつき少し汚れている用だ。  その汚れた革靴をチラチラと見ていた勘太郎の視線に気付いた宮下は、軽く頭を掻くと申し訳なさそうに頭を下げる。 「あ、すいません。仕事の農作業中に突然柳三郎さんからあなた方お二人を迎えに行くようにと言われたものですから、靴を取り替えている余裕がありませんでした。柳三郎さんが言うには出来るだけ速く連れて来るようにとの話でしたので」 「仕事って、この寒い中、その革靴で農作業をしていたのですか?」  泥のついた革靴に視線を落としながらさりげなく羊野が疑問をぶつけると、そんな羊野をマジマジと見つめる宮下はその質問に応える。 「し、失礼しました。柳三郎さんからお話は伺ってはいましたが、本当に白い羊のマスクを被ってここまで来たのですね。さぞ大変でしたでしょう。柳三郎さんの話ではその素顔はまるでお伽話に出て来る妖精の様に綺麗な娘さんだと言っていましたから……是非その中身も拝見したい物だと思いましてね」  そんな宮下達也の褒め言葉に羊野は「歳もそれほど私と変わらないのにお世辞が上手いのですわね。素直に褒め言葉として受け取っておきますわ。でも残念ながら今はまだ日が高いですのでここでマスクを脱ぐわけには行きません。ごめんなさいね。もし夜にまた会う機会があったらその時にでも素顔をお見せしますわ。でもあなたが思っている用なそんな珍しい物では無いと思いますよ。ただ髪質や肌が白いだけですから」と言いながら初々しく軽く頭を下げる。そんな羊野の表情は羊の被り物をしているせいで全く分からないが、その明るい声質や言葉の言い回しから彼女は機嫌がいいと宮下は判断した用だ。  だがそれなりに長い付き合いの勘太郎の意見は全く持って違う。羊野はただ単に社交辞令で明るく会話を合わせているだけであって、内心は興味本位に素顔を見たいと言われた事に余りいい感情を持ってはいないはずである。何せあの特殊な体質のせいで小さい頃から色々と苦労してきた事を本人から直接聞いているからだ。  そんな事とは知らない宮下は、にっこりと笑顔を向けると意気揚々と話し出す。 「ああ、そうでしたね、何故革靴で農作業をしていたのかでしたね。その答は簡単です。私は本来営業担当なのですが、他の職員達に頼まれればちょっとした農作業の仕事なら手伝う事もあるのですよ。先程もある荷物を苺農園のビニールハウスで働く職員達に届けて来た所です。恐らくその時にでも泥が革靴に付いたのでしょう」  後部座席のドアを開け乗車を進める宮下に、今度は勘太郎が質問をする。 「ビニールハウスで苺を作っているのですか。この寒い時期に苺なんて出来るのですか?」 「ええ、出来ますよ。ですが温度管理や日照時間をコントロールするのが大変ですけどね。普通一年間を通じて自然界で取れる苺の収穫は四月下旬からですが、ビニールハウスを利用した方法では六月上旬に親株から発生した子株をポットに移し、十二月に収穫するという普通ポット育苗を使用しています。ですが今は大規模な低温倉庫を利用した育苗方、株冷(低温暗黒処理)育苗や夜冷処理施設を利用した夜冷(夜冷短日処理)育苗方もありますから、十一月から~十二月に合わせて苺を安定して収穫出来るようになりました」 「なるほど、だから臨時のバイトを雇っている訳ですか」 「はい、今は丁度苺の収穫の時期ですからね。十二月二十四日のクリスマスイブ用に苺の需要が高まるので、家の施設で栽培した苺を収穫し更には選別作業をして貰っています」 「この時期は苺ですか。色々とやっているのですね」 「他にも季節をずらしていろいろな農作物を作っています。園芸では様々な花の栽培に挑戦し。林業では木材の伐採加工、工芸品の製造などを行い。畜産では家畜達の餌やりや畜舎の掃除。製造では、燻製や卵乳製品の加工など幅広く手掛けています」 「聞けば聞くほど凄いですね。これならたとえ季節が冬でも安心して作物を作れますね。設備や温度管理が整った……こんな大規模な栽培施設があるのですから」 「いやいや、大規模な栽培施設と言ってもまだまだ実験段階ですよ。何せ更なる改良の余地がありますからね。それに春から秋にかけて普通に外で田畑の仕事もしていますよ。何故なら大沢農園株式会社の主な産業は、農園・園芸・林業・畜産などの農業ですからね」 「いまいち、その土地を使用している規模が分からないのですが。大沢農園株式会社を営む大沢家の土地とはそんなに大きいのですか」  何気ない勘太郎の言葉に宮下達也は豪快に笑う。 「はははー大きいも何も、ここ草薙村一帯のほとんどの山や土地の全てが、大地主でもある大沢草五郎社長の所有地ですよ」 「ここから見える山々の全てが……ですか。流石にスケールが違いますね。そんな大地主が経営する大沢農園株式会社で重要な営業担当を任されているなんて、その若さで凄いですね」 「私もそう思いますわ。宮下さんは仕事が出来て……とても優秀な方なのですね」  勘太郎と羊野は素早く後部座席に乗り込むと、宮下達也を大袈裟に褒めちぎる。これから数日間色々と協力して貰う事があるかも知れないので、少しでも自分達の印象を良くして置こうと言う考えからだろう。この抜け目ない暗黙かつ阿吽の呼吸こそが、二人がコンビである事を物語っていた。 「いや、私も先輩達に色々と教わりながら仕事をこなしているだけですよ、なのでそんなに担がないで下さい。何だかこそばゆいですから」  少し照れくさそうに運転席へと座る宮下だったが、その顔は直ぐに真顔へと変わる。不気味な雰囲気を醸し出す背中からは今の今まで感じたことのなかった嫌な気配がヒシヒシと感じられ、静かな車内は徐々に重い空気へと張り詰めていく。 「それで……あなた方探偵さんも、あの大蛇神様を捕まえに来たと言う訳ですか」  宮下のいきなりの話題に勘太郎は少し面食らったが、この小さな村でこれだけ大騒ぎになっているのだからその話を振って来ても別に可笑しくは無いと気持ちを切り換える。 「捕まえられるかどうかは分かりませんが、柳三郎さんの話だとこの村の周辺にその大蛇らしき物が現れるみたいですね。宮下さん、あなたもその大蛇を見たことがあるのですか?」  勘太郎の「大蛇を見たのか」と言う質問に、宮下は目を細く伸縮させると饒舌に語る。 「勿論ですよ。一年前、首を絞められ変死体で見つかった伊藤松助さんの捜索にも参加していますし、つい最近では三週間前に変死体で見つかった大沢家の奥方様、大沢早苗さんの捜索にも参加しています。あの蛇神神社で奥方様の死体を見つけた時は腰が立たないくらいに心底震え上がりましたが、同時に近くの土管の中で蠢く大蛇を発見した時は頭の中が真っ白になるくらいに呆然としていましたよ。何せあの伝説の大蛇神様が目の前に現れたのですから。実はあの時、大蛇神様を最初に発見したのはこの私です」 「発見したのは柳三郎だと本人は言っていましたが、あなたが大蛇を見たという第一発見者なのですか」 「はい、私が第一発見者です。こう言っては何ですが、きっと奥様はあの大蛇神様を怒らせてしまったから無残にも殺されてしまったのだと思っています。あの状況からしてそうとしか考えられません。まあ、自業自得と言う奴でしょうか」  興奮気味に話す宮下に、羊野は己の疑問をぶつける。 「自業自得って……何か心当たりでもあるのですか?」 「奥様はとんでもない罪を犯しています。大きな声では言えませんが奥様は個人で高利貸し業を営んでいましたから、その高い金利で村人達相手に悪い商売をしていた……見たいです。何でもそのお金を借りたせいで一家が破産したり、自殺に追い込まれたりした人も中にはいたと聞いています。そんな村人達の怒りや恨みの思いが遂に大蛇神様に届いたのだと私は思います。その証拠に奥方様は(本来なら爬虫類が活動出来ない十一月十日の寒い日に)首を何かで圧迫され絞め殺されています。本来、蛇は獲物を仕留め捕食する為だけにその力を使うので、せっかく仕留めた獲物をそのままにしてその場を立ち去ったりはしないと私は考えます。その事からもその大蛇はただ本能に任せて動くだけの野生の大蛇では無く、罪を犯した罪人達を純粋に殺害する為だけにそのお姿を体現された大蛇神様だと私は確信しています!」  両手を合わせ合掌する宮下に、羊野が更なる質問をぶつける。 「つまりその大蛇はただ大きいと言うだけの蛇では無く、悪人達を絞め殺す為に現れた蛇神の化身だと、そう言いたい訳ですね」 「ええ、まあ平たく言えばそう言う事です」  羊野と宮下の話を聞いていた勘太郎はふと疑問に思う。  この宮下達也と言う男、この一連の大蛇事件の話の時だけは何故か怖いくらいに熱い信仰心をぶつけてくる。もしやこれが一週間前に柳三郎がそれとなく話していた、草薙村の信者達が崇める大蛇神信仰という物なのだろうか。  そしてそれとは反対に、地主の奥方でもある大沢早苗の死を悼む気持ちは何だか薄いようだ。 その証拠に大蛇神の怒りに触れた大沢早苗の方が悪いと非難めいた物言いをする。実際真実がどうであれ、仮にも自分の上司の奥さんが酷い殺され方で亡くなっているのだから、もっと言葉を選んでもいいような気がするのだが。  そんな事を考えていると、今勘太郎が考えていた事をまるで見透かしたかのように羊野が代わりに話出す。 「宮下さん。あなたは先程、大沢早苗さんが死んだのは自業自得と言いましたが、それには数年前に離散した蛇神神社の一家が関わっていると言う事ですか」  その問いかけに宮下は少し沈黙していたが、言いにくそうにボソリと呟く。 「それに触れるのは……いえ、その事を大沢家の人達に知られるのは、この草薙村では絶対に禁句です。もし蛇神神社の一家について話しているのを大沢家の誰かに知られたら大変な事になりますから。ですが外部から来たあなた達なら、大沢家に隠された謎と大蛇神様が起こす祟りの真相を突き止めることが出来るかも知れませんね。蛇神神社に纏わる一家の死の真相に……」 「蛇神神社に纏わる一家の死の真相だとう?」  いきなり出た蛇神神社に関わる一家の話に、宮下はおまけとばかりに言葉を付け加える。 「ああそれと、今言ったことはこの村の人達なら誰でも知っている話ですが、大沢家内では内緒でお願いしますね。私が言ったなんて知られたら仕事をクビになったあげくにこの村にはいられなくなってしまいますから。まあ、あなた方は柳三郎さんから直接聞いているだろうから大丈夫でしょうけどね」 「いや、俺達もその蛇神神社の神主さんが過去に借金を苦に自殺したとしか聞いていないのでよくは分かりませんが、その話ぶりからして、やはり大沢早苗から借りた借金が原因なのでしょうね。それとも他に別の死の真相とやらがあるのですか?」 「少なくとも……まだ何かあると私は考えているのですがね」  ただならぬ不気味な雰囲気を醸しながら話を語っていた宮下だったが、すぐに表情を普通に戻すと何事も無かったかのようにバックミラーを直す。そんな宮下を間近で見ていた勘太郎は、また面倒な事に巻き込まれそうだとここへ来たことを改めて後悔する。  今すぐにでも帰りたい勘太郎の気持ちなどはお構いなしに、シートベルトを付けた宮下が後ろを向きながら力強くハンドルを握る。 「社長の草五郎さんと三男の柳三郎さんは、お二人が来るのを当屋敷でお待ちかねです。なので、他の詳しいお話は我が主である大沢草五郎本人から直接お聞き下さい」  落ち着き払いながら一旦話を終えた宮下だったが、また何かを思い出したかの用に勘太郎と羊野にその熱い視線を向ける。 「あっ、そう言えば、言いそびれましたが言わせて下さい」  不思議そうな顔をする勘太郎と羊野に宮下は八重歯をにっと見せると、不気味に口を開く。 『ようこそ、大蛇神様がおわす。この草薙村へ!』  そう言い終えた途端にエンジン音が上昇し、青いスカイラインが突如動き出す。  明らかに都会とは違う大自然に囲まれた古びた農村……草薙村で、勘太郎は異様な不安と不思議な感覚にとらわれる。  大蛇に関わる不思議な話を聞いたからだろうか、それは分からないが、この村には何か因縁めいた根深い物があるような気がしてならない。  ふと羊野の方に視線を向けてみると、羊野も何かを感じ取ったのか(羊のマスク越しに)真剣な眼差しで前を見据えているのがわかる。  そんな二人の思いや不安を飲み込みながら、宮下達也の運転する車は坂を上り。村の奥へ奥へと進んで行くのだった。
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