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23.勘太郎、絶望王子と対決する
23.勘太郎、絶望王子達と対決する
「た、大変です。天野君が、天野君が、絶望王子達に襲われています。早く助けに行ってあげて下さい!」
現在時刻は二十時〇七分。
慌てふためきながら勘太郎の元へ駆け付けて来たのは、黒い防空頭巾にボロボロのマントを羽織り、更には段ボールの王冠を被った内田慎吾だった。
内田は表玄関の入り口の外にいる勘太郎と緑川の前まで来ると、息を切らしながら今さっき裏玄関入り口で見た事を事細かく説明する。
「一体どういう事だ。あれだけ校舎の中は危険だから絶対に近づくなと強く念を押しておいたはずなのに、なんで天野良夫が既に校舎の中にいるんだ。それに三人の絶望王子が一斉に現れただって……一体どういう事だよ。絶望王子の犯人って、羊野の考えでは二人じゃなかったのかよ!」
「助けようと思ったんですけど、何故か鍵が掛かっていてガラス扉は開きませんでした。それに連続して三回も停電したのに、探偵さんは気付かなかったんですか」
「すまん、余りの人混みに気を取られて校舎の方をよく見ていなかったからな。それにあの不良達はてっきり外でお祭りパレードを見ている物とばかり思っていたから、天野良夫がもう既に校舎の中に潜入していたのはハッキリ言って誤算だった。三十分前に裏玄関の扉を確認しに行った時も鍵が掛かっていたから見張りは必要ないと思って表玄関の外にいたんだが、どうやら俺の考えが甘かった用だな。だからよく気付いて俺達に知らせに来てくれた。それだけで十分だぜ。と言う訳で俺はこれから一人で校舎の中に潜入するから緑川は羊野と赤城先輩に至急電話をしてくれ。そして内田君はここで緑川と待機だ」
「分かりました。黒鉄先輩も死なない程度に頑張って下さい!」
「しょ、正直……物凄く行きたくはないけど、今俺が行かないと何やら取り返しのつかない事になるかも知れない……そんな気がする」
「そうですよね。赤城刑事や羊野さんを待っている時間はありませんよね。見た感じどうやら事態は一刻を争うみたいですから。でも校内にいる絶望王子は少なくとも三人はいるみたいですから十分に気をつけて下さい」
「そ、そうだな、十分に気をつけるよ。し、しかし……絶望王子が三人か、三人もいる絶望王子をたった一人で相手にしなければならないだなんて正直かなりキツいな。俺、どこにいるかも分からない天野良夫を見つけて、無事にこの校舎を出る事が出来るのだろうか?」
そんな事を呟きながら勘太郎は表玄関のガラス扉を開けようとするがこちらも鍵が掛かっているせいか全く開かない。
「くそ~ここも裏玄関の扉と同じ用に鍵が掛かっていたのか。いつの間に鍵が掛かっていたんだ。ついさっきまでは鍵なんて掛かっていなかったのに?」
焦りながらもガラス扉のドアノブをガチャガチャと回していた勘太郎だったが、鍵の構造を見た勘太郎は「仕方が無い」とばかりに黒いダークスーツのポケットから茶色い革袋を取り出す。
その中には、鍵を無理矢理こじ開ける事のできるピッキング用の道具がずらりと備え入れられていた。
「これって、ピッキング用の……黒鉄先輩?」
疑いの目で見る緑川に勘太郎は慌てて言い訳をする。
「違う、違うぞ、誤解するなよ。俺が前に臨時のバイトで、鍵屋で働いた事があるんだが、そこで鍵開けの技術を学んだんだよ。もしかしたらいつか何処かで役に立つ日が来るかも知れないと思ってな。まさかこんな所で役に立つとはな、技術を習得したかいがあったと言う物だぜ」
そう言いながら勘太郎は表玄関に掛かっているガラス扉の鍵をガチャリと開ける。
「鍵穴の構造が極めて単純な物で助かったぜ。最新の鍵穴だったら俺のピッキング技術じゃ到底開ける事は出来なかったからな」
簡単に鍵を開けてしまった事に少し後悔をしながら勘太郎は、表玄関の扉を開けゆっくりと中へと入っていく。
「……。」
表玄関の校舎の中はまるで人が誰もいないかの用に静まり返り。校内に漂う何か得体の知れない不気味さだけが、何やらやばいという感覚を刺激する。そんな緊張マックス状態の感情を無理矢理押さえると勘太郎は、一階の階段を上ろうと足を伸ばす。
そんな決意に水を差すかの用に勘太郎の持っている柄系の携帯電話がプルブルと音を立てて鳴り響く。
「何だよ、こんな時に。一体誰からの電話だ?」
心臓をドキドキさせながらそう応えた勘太郎は素早く自分の持っている携帯電話に出ると、その相手の電話の声に思わずテンションを上げる。
「もしもし、羊野か、今俺かなり大変な事になっているから出来るだけ早くこっちへ帰って来てくれ!」
藁にも縋るような思いで話す勘太郎に電話を掛けて来たのは、黒鉄探偵事務所の探偵助手、羊野瞑子である。勘太郎はまるで電話の相手にしがみつくかのように必死に話しかける。
「なに、階段を上るなら今から言うある事を絶対に守れだって。なんだそれは?」
勘太郎の頭の上に『?』マークが浮かんだが、羊野が強く進めるので勘太郎は羊野の助言を素直に聞く事にした。
「.……?」
急いで電話を切り羊野の助言を聞き終えた勘太郎は、その足で絶望王子や人質がいるかも知れない屋上を目指して駆け上がる。
(天野良夫や綾川エリカは一体何処にいるんだ?)
二階・三階・四階と階段を駆け上がる勘太郎だったが、五階に続く階段を上ろうとする勘太郎の前に最上段で堂々と待ち構える絶望王子が立ち塞がる。
「ズッゴゴゴゴォォォー、ズッゴゴゴゴォォォーッ!」と言う息を吐く音が機械的に勘太郎の耳にも届くが、そんな音に臆する事無く、勘太郎は五階の階段の最上段にいる絶望王子を激しく睨み付ける。
「お前が、半年前から無差別に階段落下トリックで人々を襲い、尚且つこの高校の生徒達にも危害を加えていると言うあの絶望王子か。やっと姿を現したな。現在行方不明の綾川エリカとこの校舎にいる天野良夫を一体何処に隠したんだ!」
不安を隠しながらも凄んで見せる勘太郎の問に上から見下ろす絶望王子は持っている金属バットを左斜め頭上に掲げると、ある方向に勘太郎の視線を誘導する。
「ま、まさか……そんな事が……お前、正気か!」
勘太郎が視線を向けた屋上に続く最上階には、ロープで宙づりにされた四人の不良達の姿があった。
その光景を見た勘太郎は五階の頭上で金属バットを構える絶望王子を改めて睨みつける。
「ターゲットである生徒の数が一人足りないぞ、絶望王子。それとも元々その数には入っていなかったのかな。そうなんだろう、近藤正也。恐らくお前が一人目の絶望王子だ。そんなお前に与えられた役割は、天野良夫・綾川エリカ・大鬼力・玄田光則の四人の監視役だ!」
その勘太郎の言葉に、今まで無言だった絶望王子が突然狂ったように笑い出す。
「近藤正也が吊されていないだけで何故俺が近藤正也だと分かるんだ。なあ黒鉄の探偵!」
(声がなんか可笑しいぞ。まさか小型のボイスチェンジャーの機械を使っているのか?)
そんなことを考えながら勘太郎は絶望王子の質問に答える。
「そうだな、先ずは友達だと言っていた金田海人が絶望王子に襲われた時も近藤正也は黒い防空頭巾の学生通り魔と絶望王子の関連性を何故か警察に意図的に隠していた件だ。この江東第一高校内で初めて絶望王子を知る人物が襲われたにも関わらず近藤正也は何故か絶望王子の存在を隠していた。その事に羊野が気付かなかったらこの二つの事件の関連性にたどり着く事は学生の噂低度だったからとてもじゃないが無理だったかもな。二つ目は中学時代の近藤正也と王子大輝との関連性だ。昨夜は中学時代の王子大輝が通っていた中学時代の名簿から生徒一人一人に電話をして二人の友達としての関係をもう一度洗い直す事にしたんだ。そしたら面白い話が色々と聞けたよ。王子大輝と近藤正也の家は遠い親戚の関係で、小さい頃から中学を卒業するまではまるで本当の兄弟の用な関係だったそうだな。でも中学三年になってからあの天野良夫と知り合いになった事で王子大輝との関係性は大きく変わってしまった。進学した高校も同じだった事から虐めは更に拍車が係り絶望王子なんて言う負のキャラクターが生まれてしまったが、王子大輝はその周りからの虐めに必死に耐えながらもそれでもその空間に居座り続けたんじゃないかな。何故ならその同じクラスには兄貴分でもある近藤正也が陰ながら見守ってくれていたからだ。でも当の近藤正也は自分のふがいなさと何も変えることの出来ないジレンマにいつも苦しんでいたはずだ。そんな矢先にあの痛ましい階段事故が起こってしまった。そしてその現場にいた近藤正也はその瞬間の一部始終をみていたんじゃないのか。だからこそ後になって、その救えなかった罪に苦しんでいた心の隙を……その犯人に激しく責め立てられ追求されたから近藤正也は悪い絶望王子の仲間達に協力する羽目になってしまった。そうなんだろ。そして三つ目は、お前が不自然に天野良夫達と距離を取っていた事だ。お前にしてみたら天野達ともそれなりに友達だったみたいだから、スパイの様な事をしている自分には彼らと一緒にいることは耐えられなかったんじゃないかな。いくら王子大輝を死に追いやった悪い人達とはいえ仲間であることに違いは無かったんだからな。だけどそこに不自然な歪みが生じた。なにせ半年前に金田海人を傷つけたあの金属バットは、一年前に金田海人が悪ふざけで、王子大輝を階段から突き落とす切っ掛けとなってしまった金属バットだからだ。だからこそその犯人は金田海人への復讐には階段落下トリックだけでは無く、当然金属バットも使う事になったんだ。そしてその時の状況の話をその犯人に話したのも近藤正也、あなただ。あんたがその犯人に王子大輝の死の真実を話した時からこの復讐劇は始まったんじゃないのか。何せその王子大輝の階段落下事故の死の真実を知っている人は、加害者の天野良夫・綾川エリカ・大鬼力・玄田光則・今入院中の金田海人・そして近藤正也を入れた六人と、被害者の王子大輝と小枝愛子の二人。そして最後にこっそりと物陰から覗いていたと言う内田慎吾を入れた九人だけだからな。そう考えるのなら半年前にあんたらを襲ったと言う絶望王子が金田海人にだけ金属バットを振るったのも分かるような気がすると思ったんだ。何せ絶望王子が現れる際は決まってあの金属バットを持っていたそうだが、実際に金属バットを直接体に叩き込まれたのは金田海人ただ一人だけだからな。だからこそ不自然さを感じたんだよ。これって偶然かな」
そう言葉を返した勘太郎に絶望王子は「クククッ、ならこの金属バットの一撃を今度はお前にも叩き込んでやろう!」と言いながらゆっくりと階段を降りて来る。
殺意丸出しの絶望王子は金属バットを頭上に構えると、狂気に満ちた一撃を放つ。
「せっかくここまで来たのに、計画の邪魔はさせないぞ。くたばれ、黒鉄の探偵ぇぇぇ!」
その上段からの一振りを何とか寸前の所で交わしてみせた勘太郎は、腰のベルト部分を素早く弄ると何かを思い出したのか瞬時に青ざめる。
(し、しまった。この命に関わる大事な時に、今日に限って『黒鉄の拳銃』を忘れて来てしまった。金属バットを振り回す絶望王子相手に丸腰じゃ絶対に勝てない。どうしよう……俺これからどうしよう。このままじゃ人質を助け出す事も出来ずに無残に叩き殺されてしまう!)
勘太郎が言う黒鉄の拳銃とは、勘太郎が絶対に必要な時だけ持ち歩いているオートマチック式の強化ゴム弾を三発程マガジンに装備したデザートイーグルを模した改造モデルガンだ。だが今日に限ってそれを忘れてしまっていた事に勘太郎は大いに後悔する。
そんなネガティブな事を考えながらも勘太郎は、一筋の光明の隙を探る。
「た、確か、高校の階段の近くには決まってあれが設置してあるはずだ。そうあの定番の奴がな。当然この校舎にも設置を義務づけられていて本当に助かったぜ!」
「定番の奴だとう、お前はなにを言っている?」
絶望王子が放つその言葉と同時に、勘太郎は廊下の壁に備え付けられている火災用の放水扉を見つけると、中に設置されてある消火器を取り出し、向かって来る絶望王子に向けてその噴射する粉を吹きかける。
「こ、これでもくらえぇぇ!」
ブッシュウゥゥゥゥゥゥゥゥ!
消火器の粉塵で思わぬ反撃を受けてしまった絶望王子は白い粉にまみれると、何度も大きく咳き込む。
「ゲホッゲホッゲホッーッ、よくもやってくれたな、黒鉄の探偵。約束の二十四時まで時間はまだあるみたいだから、お前を再起不能にしてからゆっくりとあいつらを一人ずつ一階廊下まで突き落としてやろうと思っているのに、なぜ邪魔をする。あいつらは死んで当然の人間達なのに」
「たとえどんな人間だろうと、お前に人を殺す権利はないだろ。そんな事を俺がさせると思っているのか! お前に人殺しなんか絶対にさせないぞ!」
力強く凄みながらも勘太郎は、持っている消火器を大きく構えて見せる。どうやら手に持つ消火器を盾代わりにするつもりのようだ。
「クククク、勇ましいな、黒鉄の探偵。そこまでしてあの不良達を守りたいか」
「ああ、守りたいね。勿論お前達全てを含めてな!」
「フフフ、戯れ言を。消火器を武器にされては叶わんな。ここは一端彼らに変わるか」
そう絶望王子が呟くといきなり校舎全体の電気が全て消え、三秒後に再び電気が付いた時には、ついさっきまで目の前にいたはずの絶望王子の姿は何処にも無かった。
「くそ、あの絶望王子、一体何処に消えたんだ。妙な香水の匂いなんか漂わせやがって!」
大きな声で叫んだ勘太郎は消えた絶望王子の姿を必死に探すが、当然そこには誰もいない。
だがその数秒後、一番遠くの裏階段の近くにある三年A組の教室の引き戸がゆっくりと開くと、中から一人の絶望王子が堂々と姿を現す。
片手にはフェンシングの細身の剣が握られている事から、新手の絶望王子だと勘太郎は直ぐに直感する。
「フェンシングの剣を持った絶望王子だとう。ま、まさか二人目の絶望王子か!」
細身の剣を構えながら猛突進してくる絶望王子を見た勘太郎は、まるでワザと誘い込むかの用に三年D組の教室の中へと逃げ込む。
(この教室の中に逃げて、引き戸をガッシリと押さえながらここで籠城戦だ。後数分待てば時期に援軍は来るんだから、それまではここで待機だ!)
そんなちょこざいな事を考える勘太郎の僅かな希望も絶望王子の繰り出す一突きで全てが絶望へと変わる。
ザクン……バリバリ!
「うわあぁぁーぁぁ、木製の引き戸の板を貫通して、俺の顔のある横の板に穴が空いたぞ。くそ、このまま引き戸を押さえていたら体中を剣で刺し貫かれてしまう!」
大げさに喚き散らしながらも今の状況を言葉にした勘太郎は、今度は教室の一番奥の真ん中辺りへと素早く移動する。
「く、来るなら、こい!」
勘太郎が必死に身構えていると、引き戸がゆっくりと開き、その直ぐ後に絶望王子が殺気を放ちながら入ってくる。その言い知れぬ重圧に勘太郎の心も震え上がる程だ。
そんなやる気を見せる絶望王子は教室に並ぶ机や椅子を避けると、待ち構える勘太郎と対峙をする。
「……?」
「ズッゴオオォォォ、ズッゴオオォォォ、ズッゴオオォォォ!」
数秒ほど無言で睨み合う二人だったが、絶望王子が持つフェンシングの剣が小刻みに震えているのを目視した勘太郎は、無言で剣を構える絶望王子に向けて話し掛ける。
「まさか、あんたが二人目の絶望王子か。佐野舞子さん。俺達が疑っていた容疑者の中で唯一細身の剣が使える人物だからな。でもその先の尖った剣で直に人を刺すのはこれが初めてなんだろ。今までの絶望王子の絡んだ事件でフェンシングの剣で刺されたと言う被害はまだ一人も上がっていないからな。あの主犯格の絶望王子に今回は剣で攻撃しろとでも命令されたのか」
その熱い言葉に一瞬体をビクッと震わせた絶望王子は「でっやあぁぁぁーッ!」と気合いを入れると、その細身の剣を勘太郎の手や足に目がけて突き放つ。だが、そんな絶望王子の剣による突きの攻撃を近くにある椅子で何とかガードした勘太郎は、危なげに避けながらも必死に語りかける。
「あんたが二人目の絶望王子である理由その一、佐野舞子さん、貴方はあの不良達の事を前々から良く思ってはいなかった事だ。それはここにいる生徒達みんながもしかしたら感じている事かも知れないがあんたのその感情はちょっと特別なんだよな。なにせあんたの妹を、他の後輩を使って間接的に虐めていたのはあの天野良夫だったからだ。そうだろう。だからあんたはまだイジメを続けているあの不良達を許せなかったんだ。一時期は正義を振りかざしてあの不良達に抗議までして挑んだが逆に理不尽な暴力によって返り討ちにされたんだよな。他の生徒達はおろか先生すらも助けてくれない事にあんたは絶望に打ちひしがれていたんじゃないのか。そんな時にあの悪い絶望王子に会ったんだろ。お前のその温いやり方では誰一人として虐めから弱い人達を救う事は出来ないと言われ、説かれたのかな。だからあんたはあの絶望王子の行為が犯罪だと知りつつも協力をしたんじゃないのか。これも理不尽な悪を裁くには絶対に必要な事だと信じて。だがそれが一体どんな悪なのかも知らずに……」
そんな勘太郎の言葉に動揺が隠せないのか絶望王子は迷いを振り切るかのように連続の突きを勘太郎に浴びせるが、その猛攻を、椅子を盾にしながら何とか寸前の所で全て止める。
「あんたが佐野舞子である理由その二、羊野が一時期あんたを疑ったり、やはり犯人では無いとコロコロと主張を変えたのは余りに佐野舞子が犯人である証拠が少なかったからだ。生徒や先生からの評判もいいし、フェンシング部の部活や勉強もきっちりと熟す優等生で三年A組の委員長まで任せられている非の打ち所が無い模範的な生徒と言ってもいいだろう。そんな佐野舞子の姿を見せ付けられて正直強い人間性と心の広さに感じたから、やはり佐野舞子は違うんじゃ無いかと言う結論に至ったんだよ。だけど彼女の中学時代の事やその妹さんが自殺していた事を知って別の考え方が生まれた。あの佐野舞子の正しさは絶望王子との関わりを隠す為に敢えて作り上げた最良の隠れ蓑になっているんじゃないかと。そしてその裏で佐野舞子はあの悪い絶望王子に協力しながらあの不良達に復讐する機会を虎視眈々と狙っていたんじゃ無いかと考えたんだよ。絶望王子に関わる噂や都市伝説をワザと広めつつな。例えば、校内に内田慎吾君とは違う別の絶望王子を見たとか。階段で誰かが転んだらそこには必ず絶望王子が立っていたとか。今までに起きた不可思議な階段事故はあの王子大輝の呪いだとか、色々と尾ひれを付けてな。そんなにわかには信じられない噂話でもあの真面目な佐野舞子が言えばその真実性は格段に上がるからな。まあ、君が今までいろんな人達の信用を得て来た日頃の役得なのかもしれないな。だがだからこそそこに俺達は君の不自然性を感じたんだけどな」
勘太郎の不自然性と言う言葉に絶望王子は初めてその口を開く。
「不自然性……?」
「不良達の悪行や谷口先生の怠慢をそれとなく話してみたり、教えてくれという俺達の言葉を信じて一人一人の被害者達の特徴や深い話をして見たり。あの王子大輝の死因となった事故まで俺達が調べやすい用に色々と伏線を張ってくれたよな。そのお陰であの不良達が隠していた王子大輝と小枝愛子に行った悪行を知る事が出来たんだからな。だがそれとは別にこの校舎内にたまに現れる噂話級の絶望王子と、半年前から江東区近辺に現れる黒い防空頭巾の学生通り魔とは実は同一人物であると言う切っ掛けをも与えてしまった。そう恐らくあんたは無意識の内に俺達に助けを求めていたんじゃないのか。だからこそ俺達にあんなに積極的に関わりペラペラといろんな情報を話してくれていたんだ。出なければあんたが不利になる用な話まで率先して話すはずが無いからな。そうだろう、佐野舞子さん。そしてあんたが佐野舞子である理由その三は、俺が致命傷にならないように配慮して無意識に手や足だけを狙って攻撃していると言う点だ。だからこそあんたの攻撃は椅子でガードしやすかったんだ。相手が何処を狙って攻撃しているのかが分かれば剣を防ぐ事はそれほど難しくはないからな。そんな訳で佐野舞子さん、あんたに人は殺せないよ!」
格好良く言葉を決めた勘太郎は持っていた椅子を投げつけると、傍にある机を盾代わりにしながら勢いよく一直線に絶望王子へと突き進む。
その思いがけない突進に絶望王子は咄嗟に左右に避けようとしたが、置いてある机や椅子が邪魔をしているせいか避けることが出来ない。そんな一瞬遅れた動作の隙を勘太郎は見事に突く。
「この教室に入ったのはわざとだ。敢えて追い込まれた用に見せかけて実は誘い込んでいたんだ。縦横無尽に動ける広い場所じゃ俺に勝ち目は絶対に無い事くらいは分かっていたから、敢えて左右に動け無い場所に誘い込んだんだよ!」
勢い良く叫びながらも勘太郎は絶望王子が放つ渾身の一撃を机ではじき返すと、その学ランの胸元目がけて勢いよく突っ込む。
「きゃぁぁぁーぁっ!」
可愛らしい悲鳴を上げながら壁に激突する絶望王子は、机と壁に挟まれる様な形でその動きを止める。
ガタン、ドカバキ!
「倒した……絶望王子を倒したのか?」
荒い息を吐きながらも勘太郎は絶望王子が被る黒い防空頭巾を剥がすと、そこには強い衝撃で気絶をしている佐野舞子の素顔が見えた。
「やはり、フェンシングの剣を持った絶望王子は、佐野舞子だったか。なんか凄く複雑な気分だぜ。あの佐野舞子を自らの手で倒す事になるとはな。でも彼女に人殺しをさせる訳には行かない」
勘太郎がそう呟いたその時、バチバチッ~ビリビリッと電流音を響かせながら別の新たな絶望王子が堂々と教室の中へと入って来る。
又しても突然現れた新手の絶望王子の出現に、勘太郎の表情は再び凍り付く。
「内田慎吾が言っていた、三人目の絶望王子か。ちくしょう、少しは俺を休ませてくれよ!」
そんな勘太郎の願いなど無視するかの用にスタンガンを両手に持つ絶望王子は、スゴオオォーッッ~スゴオオォーッ! と言う不気味な呼吸音を響かせながら勘太郎に襲い掛かる。
バチバチ~ビリビリ! バリバリ、ビリバチ!
「うわあぁぁーぁぁ、止めろ、止めるんだ。そんな物を振り回していたら危ないだろ。もしその電流に触れたりなんかしたら感電しちゃうしゃないか!」
三人目の絶望王子が繰り出す怒濤の電流攻撃を交わすのが精一杯の勘太郎は教室中を逃げ回りながらもその勝機を探るが、電流が怖いせいか中々隙を突く事ができない。
そんな逃げるのに必死な勘太郎だったが、隙を見て三年D組の教室から何とか脱出する事に成功する。
その瞬間瞬時に引き戸を閉め絶望王子の接近を阻止する事に成功した勘太郎は、一先ずは安堵の溜息をつく。何故ならこの絶望王子は割と小柄で引き戸を開ける力も自分よりも弱いと考えたからだ。
(やった、絶望王子を教室の中に閉じ込めたぞ。このままの状態で耐え凌げば後数分で羊野と赤城先輩が駆けつけてくれるはずだ!)
そんな勘太郎の願いも虚しく、普通に反対側の引き戸から現れた絶望王子は再びスタンガンを構えると勘太郎に迫る。
「で……ですよね~ぇ!」
当然そうなるだろうと心境を口にした勘太郎は迫り来る絶望王子に背を向けると一目散に表階段を上り、五階……そして屋上へと駆け登る。
途中ロープで宙づりにされている四人と目が合うが、口を猿轡で塞がれているせいでまともに言葉を発する事が出来ない用だ。だが呻き声と目で助けてくれと強く訴えている事だけは嫌でも伝わって来たので、必死に逃げながらも勘太郎は必ず助けると心に近い、屋上に通ずるドアを豪快に開ける。
だが逃げ込んだ屋上を見た瞬間もう自分に逃げ場が無い事に気付いた勘太郎は何処に逃げようかと内心かなり動揺していたが、そんな心の迷いが足に来たのか走っている最中に足が縺れて大きく転んでしまう。
「し、しまった。こんな時に足が!」
豪快に転ぶ勘太郎の背後から音も無く近づく絶望王子の電撃が迫り来る。
「うわあぁぁぁ! こ、こんな事はもう止めるんだ。三人目の絶望王子。いや、小枝愛子さんと呼んだ方がいいのかな?」
その勘太郎の言葉に絶望王子のスタンガンを持つ手がピタリと止まる。
「小枝愛子……一体何の事だ。俺はそんな名前ではないぞ……」
まるで機械音の用な声が勘太郎の耳に届く。恐らくはボイスチェンジャーか何かで音を変えているのだろうが、勘太郎はこの目の前にいる絶望王子が小枝愛子だと言う自信と確信があった。
「実は小枝愛子に関しては初めから絶望王子に何かしらの関係があると思っていたから、例え犯人の仲間の一人だったとしてもそんなには驚かなかったよ。三人目の絶望王子が小枝愛子である理由その一。二日前の科学部の部室で初めて小枝愛子さんと会話をした時、小枝さんは羊野のあの異様な姿を見て、迷わず『羊の狂人』と言った事だ。普通の人の反応なら、羊の化け物・羊女・羊人間・羊の怪人とか色々と言われるが、初見で行き成り羊の狂人と言ったのは小枝愛子さん、貴方だけなんですよ。そして羊野の事を羊の狂人と呼ぶのは、ごく一部の警察関係者と、ある裏の犯罪組織の人達だけだ。恐らく小枝さんは俺達探偵がここに来るのを前もって知っていた。そしてその事を知らせてくれた人物から俺と羊野の正体の事をある程度は教えて貰っていたのではないのか。だからこそ貴方はつい羊野の事を羊の狂人と呼んでしまった。そうなんだろ」
「偶然だ、たまたま偶然その呼び名が当たってしまったと言う事もあるだろ。それだけでその小枝なんとやらを犯人の仲間の一人と決めつける事は出来ないだろ!」
勘太郎に言われた事に絶望王子は少しだけ動揺を見せるが、迷いを振り切るかのようにスタンガンを突き立てる。
だがその絶望王子の放つ放電攻撃の隙を一瞬突いた勘太郎は、体を回転させると素早く立ち上がる。
「絶望王子が小枝愛子である理由その二は、今絶望王子が持っているそのスタンガンが何よりの証拠だ。半年前から~今に至るまで絶望王子がスタンガンを使って犯罪を行っていたと言う事実や目撃例は何処にも無いからだ。と言う事は、あんたはスタンガンがかなり強力な武器だと言う事を何処かで知ったから今回急遽使ってみようと思い至ったのではないのか。そう例えば羊野瞑子があの不良グループ達を叩きのめす際に使っていたのをたまたま見たから、体力に自信のないあんたはスタンガンを使ってみようと思ったんだろ。なにせその威力は既にあの不良達の体で実証済みだからな。そしてあの現場には全てを見ていた小枝愛子もいた。何せ俺達に助けを求めて来たのはその小枝愛子だからな。勿論その場にいた内田慎吾や他の野次馬の誰かとも考えられなくも無いが。今現在内田慎吾は緑川の奴と一緒にいるからここにはこれないだろうし、他の野次馬の生徒達に至っては、みんなあの物的証拠と合わなかったから犯人にはなり得なかった」
「犯人になり得る物的証拠だとう」
「ああ、そうだよ。二日前の十八時十分に、あんたは表階段の五階の階段からあの不良達に向けて金属バットを投げつけた絶望王子だよな。屋上にいた近藤正也の証言によれば、あんたは五階の階段にいる所を見られているから、恐らくバケツか何かを使って宛も背が高い用に見せ掛けていた。そしてあんたはそのまま裏階段方面へと逃げる際にその衣装を四階の女子トイレのゴミ箱へと隠している。恐らくは隙を見て後で回収しようと思っていたのだろうが、不運にも同じく四階にいた他の女子生徒にその絶望王子の衣装を発見されてしまった。それこそが小枝愛子があの絶望王子だと言う確たる証拠となったんだけどな」
「それだけでなぜ証拠となるのだ。まさかその衣装の布地からその小枝とやらの指紋でも出て来たのか?」
「絶望王子が小枝愛子である理由その三、荒い綿の布地から指紋を採取する事は流石に出来なかったが、その代わりその絶望王子の物と思われる犯人の髪の毛が何本かその衣装には付いていた。恐らくは衣装の色も黒だったから、自然と抜け落ちた髪の毛に気付かなかったのだと思うが、その髪の毛と小枝愛子の体操着に付いていた髪の毛を無断で採取し調べた結果、彼女のDNAと見事に一致したと言う訳さ。まあ、みんな羊野の言っていた事だがな」
もう既に正体が見破られていた事に絶句した絶望王子は、悪あがきとばかりに最後の行動へと移る。
「そんな事が……ある訳がない。こんな事で私の復讐が終わりを告げるだなんてそんな事が……ある訳がないんだ。だって後一歩であの不良達全員を一気に始末する事が出来るんですから。そうなるはずなのに……もうこれで全てがお終いだと言うの……この白い羊と黒鉄の探偵とか言うふざけた連中のせいで……私の計画が……終わりを告げる。いいえ、まだ……まだよ……まだ終わりじゃないわ。最後にあの不良達を繋いでいるロープを切らないと……死んでも終われないわ。だからまだあなた達に捕まる訳には行かないの!」
覚悟を決め開き直った絶望王子は、天野良夫・綾川エリカ・大鬼力・玄田光則の四人のロープを切り落とすべく、身を翻し最上階の手すりへと走る。
その手すりの鉄柵棒には、不良達とを繋ぐ四つのロープが括り付けられていたからだ。
勘太郎もその事に気付くと、直ぐさま絶望王子の後を追う。
「待てーぇぇ。馬鹿な事は止めるんだ!」
見失わない用に必死に絶望王子の後を追うが、階段を下りて五階フロアに逃げ込んだのか逃げたはずの絶望王子の姿は何処にも見えない。
「くそ~逃げられたか。でも宙づりにされている四人は無事のようだから、まあ、良しとするかな」
思わず安堵の溜息を漏らしながらも五階へと続く階段を降りていると、最上階の片隅にそっと置いてある掃除用ロッカーの蓋がゆっくりと開き、中から先程逃げたはずの絶望王子がその姿を現す。
その黒い網の奥から凝視する絶望王子の視線は、階段の下にいる勘太郎を見下ろしながら何かを伝えようとしている用だ。
互いに対峙する絶望王子は、自分の思いを傍にいる勘太郎に向けて吐き捨てる。
「どうあっても邪魔をするつもりか、黒鉄の探偵。その吊されている人達は自らの罪を償わなければならない文字道理の許されない罪人だ。随分と遠回りになってしまったが、ついにこの時を迎えることが出来た。虐められ屈辱を受け無念を抱いたまま死んだ王子大輝君の為にもこいつらには正当な裁きが必要なのだ。勿論判決は有罪で処刑方法は五階からの転落落下だ。階段落下現象で一人ずつ始末出来ないのは非常に残念だが、この五階からの落下で満足するとしよう」
「何を言っているんだ。そんな事をしたら四人とも死んでしまうだろ!」
「そうだな。恐らくこの高さから落ちたら確実に死んでしまうかもな。だが運が良かったら骨折低度で済むかも知れないぞ。フフフフフ!」
不気味に笑うと絶望王子は被ってある防空頭巾を自ら脱ぎ捨てる。そこに現れたのは紛れもなく小枝愛子その人だった。
だが笑いながらも小枝愛子の目からは止めどなく溢れんばかりの涙が流れ落ちる。
「小枝愛子さん……あんたは」
「探偵さん……私分かったんです。虐められる人間は虐める側に死ぬまで心を削られ続けて行くって。そしていつか、その心も壊れてしまう。なんで私達がこんな目に遭わないと行けないんですか。可笑しいじゃないですか。何も悪い事なんてしていなかったのに。前にこの事を谷口先生に相談したらこう言われてしまいました『お前ら虐められる側にもそれなりに問題があるから不良達に虐められるんじゃないかってね』そんな訳……そんな訳無いじゃ無いですか。ふざけるな! だったら私達も虐める側を……あいつらを狩る側に回ればいいだけの話ですよね。半年前に出会ったあの絶望王子はそう言っていましたよ。そうあの闇の絶望王子が私達に、理不尽な暴力を振るう物達と戦う力を……復讐を遂げる力を授けて下さったのです。ハハハハハハッ、これで奴らに正義の裁きを下す事が出来るわ!」
「そんなのは正義じゃ無い。人を殺したら歴とした犯罪だぞ。いい加減に目を覚ませ。君も……いや、佐野舞子や近藤正也もそうだが、その悪い絶望王子とやらに心の闇を上手く利用されているだけだ。なんでその事に気付かないんだ!」
「うるさい、うるさい、うるさい。私は自分の意思で……執念にも似た強い思いで、その悪い絶望王子に協力している。ただ佐野舞子さんや近藤正也君が私達を同じ志を持つ同士だったとは流石に気付かなかったけどね」
「お前らはこの犯行を行う上での仲間なんじゃないのか。それなのにこいつらの正体に気付かなかったのか?」
「ええ、他に私と同じ絶望王子がいるとは聞いてはいたけど、直接会うのはこれが初めてよ。まあ、今回でこの復讐劇も最後だと言うから、みんなこの場所に集合したのでしょうね。本来はみんなのアリバイ作りの為に他の絶望王子も増やしたと、あの悪い絶望王子は言っていたけど、みんな正体を見破られちゃったからもう正体を隠す意味が無いわね」
「だったらもう大人しくこんな事は止めるんだ。正体がばれた以上、これ以上罪を重ねたら間違いなく罪が重くなるぞ。こんな虐めをする用な人間の為に君は自分の人生を棒に振るつもりか!」
「大丈夫ですよ、探偵さん。私も人をあやめたら流石に生きてはいけないので、勿論あの四人の不良達を始末したら……私も自らの命を絶ちますから安心して下さい」
「ば、馬鹿な事を言うなよ、小枝さん。今そっちに行くから待っていろ!」
勘太郎が近づこうとした瞬間、険しい顔をしながら小枝愛子が大きな声を上げる。
「それ以上近づくな。もしそれ以上階段を上るつもりなら絶望階段トリックを発動させるぞ!」
「一体どんな仕掛けのトリックなのかは知らないが、やれる物ならやって見ろ。絶対に君の所まで言ってその手を握ってやるぜ。そう君自身の為にもな!」
決意に満ちた目でそう叫んだ勘太郎は、ゆっくりと……一段一段階段を上り始める。
「来るなと言ったのに……あなたが悪いのよ……人の忠告を聞かないから」
「だったら見せて見ろよ、絶望王子の呪いとやらを。そんなのは必ず乗り越えてやるぜ。そして必ず君達をその悪い絶望王子の魔の手から救い出して見せる!」
「黙れ、黙れ、黙れ、もう許さない。私達の復讐を邪魔する物達は全て殺してやる。絶望階段トリック、発動ぅぅぅ!」
小枝愛子の荒々しい叫び声と共に校内中の電気が一気に消える。
パッチン!
「……。」
数秒の沈黙のその五秒後、再び電気がついた時には何事も無く階段に佇む勘太郎の姿がそこにはあった。
「ば、馬鹿な、なぜ、なぜ、何故階段から転落しない? 他の残りの絶望王子達は一体何をやっているのよ!」
状況を理解できずに狼狽する小枝愛子に勘太郎が答える。
「答えは簡単さ。電気が消える前の俺と今の俺を見て何か気付いた事があるだろ」
「気付いた事……? あ、そう言われて見れば着ていたはずの黒い上着のスーツが無い。今は黒いワイシャツ姿になっているわ」
「そう、それが答えさ。あんたら絶望王子と対峙する前に家の相棒に電話で言われたんだよ。もし階段で再び電気が消える事があったら急いで着ているスーツのボタンを全て外せってな」
「そんな指示を……あの白い羊の狂人が言っていたのですか。悪い絶望王子から少しだけ話を聞いてはいましたが、恐ろしい狂人ですね。と言う事は、彼女は早い段階でこの絶望階段トリックの仕掛けに気付いていたと言う事になりますよね。それを敢えて今まで言わないだなんて、あなたを助ける為に敢えて言わなかったのかも知れませんね。もしこの事が悪い絶望王子の耳に入っていたら、他の違う方法であなたを階段から落としていたかも知れませんからね」
「あいつが俺の事なんて気遣う訳がないだろ。ただ面白がって敢えて言わなかっただけの事だよ。と言う訳でそろそろ出て来たらどうだ。階段の下の五階フロアの何処かに隠れているんだろ。一人目の絶望王子こと近藤正也君よ!」
まるで自分の手柄のように言う勘太郎の言葉が聞こえたのか、五階フロアの廊下を大急ぎで走り去る誰かの足音が二人の耳にも響く。
その逃走に自分は見捨てられた事に気付いた小枝愛子は、最上階の手すりにしがみつきながら勘太郎の接近をひたすらに拒む。
「こ、来ないで!」
「一体どうするつもりだ。まさかそこから飛び降りるつもりじゃ無いだろうな」
自殺を阻止する為慌てて小枝愛子に飛びかかろうとした勘太郎の右頬の横を吹き矢の針が通り過ぎる。
「なっ!」
「探偵さん、これが本来の私の得意な武器です。ですが私が吹き矢を使うことを当然知っていたようでしたから急遽スタンガンに変えたのですが、それはあの白い羊の狂人が私にスタンガンを使わせるように仕向けた罠だったんですね」
「ああ、あんたの性格ならその不安から必ずスタンガンに変えると羊野の奴が言っていたからな」
「だからこれ妙がしにスタンガンやメリケンサックや包丁を出してワザと見せつけていたのですか。この武器なら簡単に人を倒せると言う無意識の存在意識、所謂サブリミナル効果に嵌まるのを期待して」
「まあ、そう言う事だな」
「ずる賢く酷い人達です、あなた方は。でも安心して下さい。悔しいですが今の私の手には、この四人につながっているロープを切る得物はありませんから」
「ロープを切る物がないだとう」
「ええ、本当は悪い絶望王子と屋上で合流して彼がロープを切る算段でしたから、計画が狂ってしまいました」
「一体悪い絶望王子とは何者なんだ?」
「それは私にも分かりません。ですが誰よりもあの不良達の存在を憎んでいる人物と言う事だけは間違いない用です。ではそろそろこの復讐劇に終止符を打ちますか」
そう言いながら持っていた吹き矢の長筒を下に捨てた小枝愛子は、素早く手すりの枠によじ登るとまるで椅子に座るかの用にして勘太郎の方にその顔を向ける。
「ま、待てよ。絶対に死んじゃ駄目だ。小枝さん、こんな事をしたって王子大輝君は、喜びはしないぞ!」
勘太郎が必死に叫んだその時、階段が連なる後ろの方から「落ちたいのなら止めはしません。別に落ちてもいいですよ」と言う羊野瞑子の声が階段に響く。
勘太郎はよく来てくれたと思いながらも、階段を駆け上がって来る二つの影に緊張をする。
一人は羊野瞑子、そしてもう一人は先程五階のフロアから裏階段の方に走り去ったと思われるあの絶望王子こと近藤正也だったからだ。
「なっ、絶望王子、お前、まさか戻って来たのか?」
突然現れた近藤正也の出現に勘太郎が緊張をしていると、その状況を見た羊野は軽く説明をする。
「黒鉄さん、貴方は大きな勘違いをしていますよ。あなたが見た絶望王子の一人は近藤正也君ではありません」
「近藤正也があの金属バットを持った絶望王子ではないだって?」
「そうです。五分前に四階のトイレの個室で縛られている所を私が助け出しましたからね」
「本当か」
「ああ、ああ、間違いないぜ。俺は五分前に四階のトイレの個室で、この羊の姉ちゃんに助けられた。あんたが見たのは、悪い絶望王子と呼ばれている、半年前に現れた絶望王子の方だぜ」
「それで、なんでお前は縛られていたんだ。お前は奴らの仲間ではないのか?」
「仲間だよ。だからワザと階段から落ちて宛も気絶した用に見せたんだよ。その後はフェンシングの剣を持った絶望王子と協力して玄田光則を拘束し、そのまま彼らと合流したんだが。何も殺す事は無いじゃないかと反発したら行き成り他の絶望王子達に縛られてしまって、そのまま男子トイレの個室に閉じ込められていたんだよ」
「じゃ俺が最初に遭遇したあの絶望王子が、悪の根源でもあるとされる悪い絶望王子とやらか」
言い知れぬ怒りに震える勘太郎は硬く拳を握りしめ感情に浸るが、そんな勘太郎に羊野が近くまで詰め寄る。
「黒鉄さんのダークスーツの上着は五階の階段に落ちていましたわ。恐らくは隠れていた絶望王子が逃げる際に黒鉄さんの上着を捨てて行ったのでしょうけど、これで彼のトリックがハッキリしましたわね」
「今それをここで語っていいのか」
「いいえ、出来ればその悪い絶望王子とやらの前で答え合わせをしたいので、もう少しだけ待っていて貰ってもよろしいでしょうか」
「仕方がないな。あの小枝愛子と四人の不良達を無事に救出してからだぞ!」
そう言うと、白い羊と黒鉄の探偵は、手すりの枠に捕まる小枝愛子を共に見つめる。そんな小枝愛子の心に揺さぶりを掛けるかの用に羊野がまたも心無い言葉を浴びせる。
「小枝さん、さっきも言った用に死にたいのならいつでもどうぞ。あの世にまで逃げようとする者を好き好んで追ったりはしませんから」
「おい、羊野、お前何を言っているんだ。そんなことを言って本当に飛び降りたら、お前どうするつもりだ」
「だって、仕方ないじゃないですか。本人は自分の犯した罪を全て放棄して死という形で逃げたいと言っているのですから。もしこれが私なら嘘を突き通しながら、例えここにいる全ての人の口を封じてでも絶対に生き残る道を探りますけどね」
「ま、お前なら確実にそうするだろうな。だけど心の優しい小枝さんには無理だ」
「まあ、無理かどうかは、試しにそこから飛んでみたら分かります。貴方が本当に死んでいい人間かどうかは、その貴方が言う絶望王子が決めてくれると思いますよ」
「絶望王子が私の罪を決める……か。確かに、王子大輝君に裁かれるのなら、私も何も文句は言えないわね。あの不良達に復讐する為にここまで来たけど、私のしてきた事って一体何だったのかな。私って本当に……弱くて……不器用で……そして馬鹿な人間ですね」
小枝愛子は静かに手すりの枠から手を放すと一階に通ずる真下を見る。
底の下をよく見て見ると、電気が付いているのは四階と五階だけで、三階から~一階は電気が全て消えている為か下が暗闇で全く見えない。
まるで闇の中にでも身を投げるかの用に震えながら立つ小枝愛子は大粒の涙を流すと、その闇の下へと身を投げる。
「ではお先に失礼します。そして、さようなら」
「ま、待て、待つんだ、小枝さん!」
スッタン!
「あっ!」
勘太郎の必死な静止も虚しく、小枝愛子は手すりから手を離すと、そのまま五階の上から、闇が広がる一階へと落下していく。その落ちゆく決定的瞬間を見てしまった勘太郎は激しく羊野瞑子を睨む。
「小枝さん、ちくしょう羊野、お前なんて事を彼女に言ったんだ。これじゃ自殺を強要したのと変わりはないぞ!」
「ええ、それはそうですよ。私もここから敢えて彼女を落とすつもりで言いましたからね」
「何だとう、羊野お前、正気か!」
勘太郎の怒りに臆することなくニコニコと笑顔を作る羊野は、小枝愛子の落ちた一階を覗き込むと次なる言葉を言う。
「確かに小枝さんは王子大輝に謝る為に自殺を選んだ用ですが、他の絶望王子達はそれを許してはくれないと思いますよ」
「他の絶望王子達だと。そんな奴らが一体何処にいるんだよ?」
そんな言葉を勘太郎が呟くと、その声に合わせるかの用に近藤正也が下の階の全ての電気を付ける。その瞬間、一階下の廊下に落ちたはずの小枝愛子の真下には、大きな正方形の布きれがまるでクッションとなって小枝愛子の体を落下の衝撃から守る。その大きな布きれを持つ端の周りには、三年A組の生徒達を始めとした他の生徒達が表玄関や一階フロアを埋め尽くさんばかりにその場に集まっていた。
「……。」
「う、うぅ~ん。わ、私……もしかして助かったの。でもみんな、一体どうして?」
周りの状況が呑み込めず放心する小枝愛子の問に、絶望王子の姿をした内田慎吾が彼女の前に立つ。
「勿論みんな、君を助ける為にここに集まったんだよ。みんな君の事を心配していたからね」
「私を、こんなとんでもない罪を犯した私を……」
「すまない。君をここまで追い込ませてしまったのは、少なからず俺達みんなにも責任はあるんだ。勿論佐野舞子さんや近藤正也君の事も救いたいからね、だからみんな祭りを中断してここに集まったんだよ。この三年A組のみんなが一緒になって作った最後の作品……そう友情の旗の元にね!」
「私のためにみんな来てくれたの……罪を犯してしまった私は、もう生きてはいけないのに……」
「そんな事はないよ。ちゃんと法的に罪を償って君はこれからも強く生きて行くんだ。ここにいるみんながそう願っているから安心しろよ。お前の苦しかった心情は、もうみんな知っているからな」
「王子大輝君を死なせた私は、本当に生きていて、いいの?」
「ええ、ここにいるみんなに選ばれた正真正銘の絶望王子が代表して、君に生きていいと何度も言い続けるよ。だから小枝さんも強く生きて下さい。微力ながら僕も力を貸しますから」
「そうだぞ、小枝さん。何も死ぬ事はないよ」
「そうよ、小枝さんはあの不良達のお陰で散々苦しんだんだから」
「そうだ、そうだ、死ぬなよ。小枝、頑張れ!」
他の生徒達の励ましに後押しされながら内田慎吾は、小枝愛子に優しく笑いかける。
「内田君……っ」
そんな感動的なムードに水を差したのは、勘太郎と羊野に何とか助けられた天野良夫が率いる四人の不良達だった。
天野。
「散々ビビらせやがって。小枝、お前がスタンガンで俺達を襲っていた絶望王子だったんだな!」
大鬼。
「ちくしょう、なめやがって、必ず警察に突き出してやるからな!」
綾川。
「私達を殺そうとした犯罪者には言い仕置きだわ。そのまま死んでくれたらいいのに」
玄田。
「まったくだぜ。これで犯罪を目論む絶望王子は全ていなくなったんだから、このうさばらしは内田と佐藤の奴を虐めて、他の生徒達への見せしめとしようぜ!」
天野。
「ハハハハッ、そいつはいいな。大体絶望王子って奴は本来、貶され、虐められて、徹底的に馬鹿にされる存在でなければいけないのだからな。再度みんなには改めて教育が必要だな!」
大鬼。
「しかし馬鹿な奴らだな。小枝愛子や佐野舞子、それに近藤正也も、俺達に復讐なんてしようとするから警察に捕まる用なヘマをするんだよ。人間悪い事は出来ねえ物だな。でもまあ~これで俺達に復讐しようとする者はいなくなったんだから、もう俺達を殺したいほどの恨みを持つ人物はいないと言う事だよな。これでまた安心して弱い者虐めが出来るぜ!」
天野。
「ああ、全くだな。はははは!」
周りの空気も読めずに大いに盛り上がる天野、大鬼、綾川、玄田の四人は、内田慎吾と小枝愛子に差別的な言葉を浴びせると、これからの残りの高校生活をどう過ごすのかを勝手に語る。そんな勝手極まる彼らを二階の階段から何やら複雑な心境で見ていた近藤正也に、羊野が話し掛ける。
「近藤正也君、貴方は彼らの元に戻らなくていいのですか」
「いや、俺も警察に捕まるだろうしな。どの面下げて奴らに会いに行けと言うんだよ。だからここは自分の罪滅ぼしの為にも、大人しく事情聴取を受けてやるよ。それにやはり俺は、天野君達とは気が合わないようだ」
「そんな近藤正也君に質問です。家の黒鉄さんを襲った最初の絶望王子は、どうやら貴方の名を装ったみたいですが、それは一体何故だと思いますか」
「何故って、やはり自らの正体の攪乱と、いざという時に俺に絶望王子の罪を全てなすり付ける為だろ」
「へえ~分かっているじゃないですか。その通りです。なら答えは簡単ですよね。果たして犯人はどうやってあなたを絶望王子だと警察に思い込ます事が出来るでしょうか」
「出来るでしょうかといきなり言われてもわからないよ。恐らく何か犯人に繋がる物的証拠でもあれば俺を犯人に出来るんじゃないのか」
「ならその学ランのポケットの中に入っているのは一体何ですか」
「何って、何か入っているのか。あっ!」
羊野の指摘に学ランのポケットから何かを取り出した近藤正也は、青ざめながらその板状の物体を確認する。その手には綾川エリカが無くしたはずの彼女のスマホ携帯がしっかりと握られていた。
「お、俺は知らない。こんなの俺は知らないぞ!」
慌てて取り乱す近藤正也に、羊野は不気味に笑いながら言う。
「犯人は貴方に全ての罪を被せるつもりでしょうが、このスマホが逆にその犯人のアリバイを崩す証拠になるかも知れませんね。」
そんな事を羊野が語っていると、下の表玄関ではたまたまその場を通りかかった相馬光太教頭先生が川口警部に身柄を確保される。
「何をする、離せ、離さんか!」
「黙れ、その香水の匂いは何だ。確かあの絶望王子とやらの仲間の一人も同じような香水の匂いを漂わせていたな。その事について少し取り調べがしたいので大人しく交番に来て貰おうか!」
血気盛んに迫る川口警部に連行される相馬教頭先生は「これは何かの間違いだ。私は犯人ではない。無実だ!」と周りに告げながらその場を連行される。
「あらあら、やっさんと言うホームレスのおじさんに接触した絶望王子と同じ香水を使っていたと言うだけで犯人と疑われるだなんて……あの教頭先生もついていませんわね」
人ごとのように呟く羊野の元に五階から~二階へと降りてきた勘太郎が合流する。
「気絶している佐野舞子の方は、たった今駆けつけた赤城先輩が面倒を見ているから心配はないぜ。それで、最上階から落ちた小枝愛子はどうにか無事のようだな。そしてそれと同じく相馬教頭先生が容疑者としてついに警察に連行されたか」
「そうみたいですね。でも誤認逮捕にならないといいのですが」
「だが、あの相馬教頭先生はかなり怪しくはないか。だってあの不良達に殴られた時の恨みを実は人知れず抱えているかも知れないし。それにその香水の匂いが犯人と相馬教頭先生とを繋ぐ何よりの証拠になるんじゃないのか」
そう単純に答えた勘太郎に羊野は自分の考えを冷静に語る。
「その香水の匂いの事なのですが、もしかしたら犯人は敢えて相馬教頭先生が使っている同じ銘柄の香水を購入して、ワザと絶望王子の衣装に振りかけたのかも知れません。そう、あのやっさんと言うホームレスのおじさんに香水の匂いをワザと気付かせる為に。そう認識されることに寄って宛も相馬教頭先生が絶望王子かも知れないと、人知れず思わせようとしたのでは無いでしょうか。まあ、何かあった時の為の所謂一種の保険と言う奴ですよ」
「その悪い絶望王子とやらはそこまで考えていたのか。本当に抜け目の無い狂人だぜ。まあ、そんな事よりだ。お前、初めからこうなる事が分かっていた用だな」
「一体何の事ですか」
「とぼけるなよ、内田慎吾が何やら陰で色々と動きまわっていたみたいだが、もしかしたら小枝愛子か佐野舞子かのどちらかが飛び降り自殺をするかも知れないと入らぬ情報を与えたのはお前だな。だから内田慎吾は他の生徒達に呼び掛けて、この一階の真下でそれぞれが待機をしていたんだな。そうなんだろ。あのみんなで作った友情の旗をマット代わりにしてな」
「どうやら内田慎吾君はあの小枝愛子さんが絶望王子かも知れないと言う確信が前々からあった用ですわね。だから私達が最初に科学部で小枝愛子と会っていた時、彼は覗き見していたのですよ。彼女のことが心配でね」
「そうだったのか。でも今はあの不良達を止めないとな。このままじゃあの不良達は内田慎吾君と小枝愛子さんに罵声だけでは無く暴行を加えるかも知れないからな」
「いいえ、その心配は無いと思いますよ。何せ内田君の……あの優しい絶望王子の声に他の仲間達が皆立ち上がったのですから」
「他の仲間達だとう……?」
勘太郎は羊野が言った言葉の意味を深く考えていると、まるでその答えに合わせるかの用に一階のフロアでは内田慎吾と小枝愛子を囲んでいた多くの生徒達の中の一人がゆっくりと手を上げる。
「もう恨みを持っている人はいないですって……それは認識が甘いわね。実は私も絶望王子だからよ!」
その一人の女子生徒の言葉を皮切りに三年A組の生徒達が次々と手に持つ防空頭巾を掲げながら皆自分の意思で防空頭巾を被る。
「俺も絶望王子だ!」
「勿論私も絶望王子よ」
「ああ、俺だって虐めを受けていたからな。当然俺も絶望王子だぜ!」
「私だっていつも意地悪をされていたから、当然、私も絶望王子よ!」
その集団的な行為は三年A組の生徒達だけでは無く、他のクラスの生徒達や二年生、一年生に至るまで、皆防空頭巾を掲げながら次々とその防空頭巾を被って行く。
その全てを埋め尽くす程に溢れる絶望王子の多さに四人の不良生徒達は皆青ざめ、その場で固まる。
綾川エリカ。
「ひ、ひっぃぃーぃぃっ! この校内にいる生徒達全員が、み、み、みんな絶望王子だってぇ。私達を付け狙う絶望王子って、後どれだけいるのよ?」
大鬼力。
「この中にはまだ、俺達をつけ狙う絶望王子がまだあんなにいるのかよ。あり得ない……そんな事は絶対にあり得ないぜ!」
玄田光則。
「俺達……もしかしてみんなに命を狙われているのか? これじゃもしまた誰かを虐めたりなんかしたら、また新たな絶望王子に命を狙われてしまうと言う事かよ!」
不安な顔をしながら綾川エリカ・大鬼力・玄田光則の三人が内心震え上がっていると、強気な態度を崩さない天野良夫だけが生徒達全員の絶望王子の姿を見ながら悪態をつく。
天野良夫。
「復讐を常に考えている絶望王子なんて、いる訳が無いだろ。小枝愛子・佐野舞子・近藤正也の三人は、もう既に皆犯人として捕まっているんだからさ。なあ~そうだろう、みんな。そんな度胸も無いくせに俺達をビビり上がらせようだなんて思ってんじゃねえよ。ハハハハッ、全くうけるわ!」
ガッキィィ~ン。 ガランコロン!
全生徒達を見下す天野良夫の言葉をまるで遮るかのように、天井の真上からいきなり金属バットが落ちて来る。
そのまま勢いよくコーティング加工済みの廊下にぶつかったその金属バットは激しい音を立てると、無造作に天野良夫の足下へと転がり落ちる。
「な、なんだ、金属バットだと……。まさか五階から落ちて来たのか?」
突然の出来事にびっくりする天野良夫・大鬼力・玄田光則・綾川エリカの四人は、五階の階段に蠢く黒い人影を確認する。
「何だ……あれは?」
すると五階の階段には、黒い防空頭巾とボロボロのマント、それに段ボールの王冠を被った絶望王子がケラケラと笑いながら不良達を見下ろしていた。
「ぜ、絶望王子……絶望王子だとう! あいつも俺達を狙っている絶望王子なのか。一体この高校に絶望王子は後何人くらいるんだぁぁぁ!」
体を震わせながら絶叫する天野良夫に羊野はそれとなく近づき、耳元で耳打ちをする。
『元々あなたが作り上げた絶望王子じゃないですか。それを今更邪険にするだなんてあまりにも都合が良すぎますわよ。それにあなた達に恨みを持つ絶望王子なんて、この校内にはまだまだ沢山いるのですから、残りの高校生活は十分に気をつけて下さいね。何せあなたは全ての絶望王子の殺意と悪意に怯えながらこれからも生活していかないと行けないのですから。まあ、自業自得とは言えハッキリ言って同情しますわ。ホホホホホッ!』と。
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