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24.絶望王子を操る、真の狂人の正体
24.絶望王子を操る、真の狂人の正体
時刻は二十一時三十分。
十二階建ての少し寂れたマンションの屋上で、田中友男は顔を少し火照らせながら缶ビールを飲む。
屋上と言う事もあり吹き付ける風が物凄く冷たかったが、今の田中友男にはその冷たさが逆に心地良かった。
そんな夜の夜景に浸る田中友男は左手に持っていた自分のスマホを徐にコートのポケットの中にしまうと、屋上の出入り口の方に向けて大きく呼びかける。
「私の住むマンションの屋上で一体何をこそこそと嗅ぎ回っているのですか。いい加減に姿を現したらどうだ。白い羊と黒鉄の探偵!」
その田中友男の呼び掛けに隠れていた勘太郎と羊野が姿を現す。
「今晩は田中さん、こんな夜にわざわざ押し掛けてすいません。少しお話を聞かせて貰ってもよろしいでしょうか」
「是非私からもお願いしますわ。しかしこんな暗くて寒い屋上で町の夜景を見ながら一人でビールとは、中々乙な事をしますね」
「考え事や一人になりたい時はよくここに来てビールを飲むのが楽しみの一つなんだよ」
「なるほど、そうでしたか。所で話は変わりますが時に田中さんは独身ですか」
「ああ、昔は結婚していたが、今は離婚して一人暮らしだよ。それがどうかしたのかな」
「いえいえ、もしかしたらそこにあなたが悪い絶望王子になってあの不良生徒達のような素行の悪い人達を殺害しようと企てる根本的な何かがあると思いましてね。話を聞きたいと思っていたのですよ」
「な、なんだとう。俺があの不良達を襲った犯人だとでも思っているのか」
「違うのですか」
「当たり前だ。今日俺は夕方の十八時には校舎を出てこのマンションに帰宅しているからな」
「それを証明してくれる人はいますか」
「このマンションの一階には監視カメラが設置してあるみたいだから俺が帰ってきた映像は撮れていると思うぞ」
「でもこのマンションから江東高校までの距離は車なら五分くらいで着く事が出来ますし、自転車なら片道二十分と言った所でしょうか。なら余裕で人知れず帰ってくることは可能ですよね。それに監視カメラが玄関にあると言っていますが、このマンション内は別に無理に出ようと思ったら防犯カメラが無い裏口からでも出る事は出来ますからね」
そう言うと羊野は、田中友男が犯人だと思われる動機を淡々と語る。
「貴方の前の奥さんから電話で聞いた話では、十二年前に貴方は自分のお子さんを自殺で亡くしていますね。死因はビルからの飛び降りによる複雑骨折と頭蓋骨陥没だったとか。そして貴方のお子さんもその当時の不良達から酷い虐めを受けていた。貴方は今もその事が忘れられずに酷い憎しみを抱いているからこそ、あの円卓の星座の狂人へとなったのではありませんか。そうですよね」
「一体何を言っているのかは分からないが、もし私が犯人だと言うのなら順序立てて今までの事件の経過を話してはくれないだろうか」
「分かりました。私の仮説でよろしければお話しますね」
そう言うと羊野は、田中友男が犯人であるとされるこれまでの経緯を淡々と話し始める。
「結論からいいます。貴方が円卓の星座の狂人である以上この件を誰かに依頼されましたね。いくら過去に不良達の虐めで息子さんを亡くしているとは言え、勝手にこうも分かりやすく人を襲う事はないですからね。恐らく依頼人は王子大輝君のお母さんですね」
「お母さん、つまり王子大輝の母親か。確かに母親なら息子の復讐の為に円卓の星座に依頼をするかも知れないけど、いきなり知らない登場人物が出て来て話が飛びすぎだろ!」
当たり前のように突っ込んだ勘太郎の言葉を無視しながら、羊野は続けて話を進める。
「そんな悲痛な王子大輝君の母親の願いに応えて貴方はこの依頼を受ける事にしたのですよね。計画はこうです。先ず馬鹿にされている絶望王子の認知度を都市伝説級に上げ、更には不良達の不安を徐々に上げる為に実験的に無差別に人々を襲っていたのではありませんか。貴方の考えた絶望階段トリックにはまだまだ実験を兼ねた練習と改良が必要でしたからね。そこに警察が狂人ゲームのルール違反をしてくれたお陰で、あなたは堂々と階段落下実験を繰り返す事が出来たのではありませんか」
「実験と練習だと。なら私は一体どうやってその被害者達を階段から落としたと言うのかね」
「答えは簡単です。貴方の得意分野でもある技術、吹き矢を使ったのですよ」
「吹き矢だとう……いや言っている事がよく分からないのだが。大体吹き矢の針なんか吹き付けて体を刺した所で階段から落とす事なんて出来やしないよ。それにもし吹き矢の針の先端に毒が塗ってあったら嫌でも分かるだろうからな」
「ええ、勿論毒なんて塗ってはいませんでしたわ。ただしあなたが飛ばした針には少し変わった仕掛けが施されていたのではありませんか」
「変わった仕掛けだとう」
「例えば、飛ばす針の後ろの部分に細くて軽くて丈夫な長い釣り糸を括り付けて飛ばす事が出来れば、行為に起こした停電の時に背中に刺さった針を引っ張り上げる事は決して不可能では無いと思いますよ」
「まるで水中銃のようにか。確かにそれなら可能だが、例え暗闇の中でターゲットの背中に針を命中させる事が出来ても、背中の衣服を引っ張る事は出来ないだろ。何故ならいくら衣服に針が刺さってもその度に抜け落ちてしまうだろうからな」
「ええ、だから貴方は針の先端部分に返しを付けたんですよね。一度衣服に刺さったら簡単には抜けない用に」
「だがそれだと暗闇の中で容易に針を回収は出来ないだろう」
「勿論その針の先端部分の返しは後ろの部分を押すことで刺の返しが針の内部に引っ込む仕組みになっているのですよね。そして階段から落ちた被害者達の体中を敢えて刺したのは、この返しの針の後を気付かせない用にする為です。被害者の体にいっぱい小さな外傷があったらこの針の存在は気付きませんからね。階段から落ちた被害者達も突然の事で最初に受けた針の痛みなんて忘れているでしょうし。暗闇で視覚を失った状態では小さな痛みを認識する感覚機能はかなり低下するみたいですからね。それだけ人は視覚に頼って物事を認識していると言う事になりますね」
「だ、だが、暗闇の中では犯人側も思うように動けないだろ。ましてや人に吹き矢で刺すだなんて暗闇では絶対に無理だ!」
「だから貴方は暗視ゴーグルを使ったのではありませんか。絶望王子の被る防空頭巾の中を覆う黒いネットのすだれの中には、暗視ゴーグルをつけていたからこそ暗闇でも自由に動く事ができた。その証拠に小枝愛子さんや佐野舞子さんは皆暗視ゴーグルを持っていましたよ。そして近藤正也君は主に情報収集や電気を消したり付けたりする役割の人ですね。だから絶望王子の合図と共に電気が消えたり付いたりしていたのです。それに話では、正確にターゲットに命中させる事の出来る吹き矢の針の射程距離は三十メートルらしいですから、階段で後ろからターゲットの背中を撃ち抜くことは貴方なら目をつぶってでも出来るのではありませんか」
その羊野の語りに今度は勘太郎が口を挟む。
「それが暗闇の中で被害者達を階段から転落させる事が出来る絶望階段トリックの全てか。だが返しの針や長く伸びきった釣り糸を素早く回収するのは流石に無理なんじゃないのか」
「そこは恐らくは、時間短縮の為に自動で糸を巻き取ってくれる小型の電動巻き取り機でも使ったのではありませんか。それなら素早く釣り糸を回収出来ますからね。そのくらいの小型モーター付きの機械なら彼なら造作も無く作れるでしょ」
「電話の会話の中で、俺にダークスーツの上着のボタンを暗闇の中では全部外せと忠告したのはそう言う事だったのか。だからあの時暗闇で上着が後ろに引っ張られている感覚に気付いた時には、既に背中から上着が脱がされていたのか。(平衡感覚のない暗闇の中で……)あのままボタンを閉めたままだったら、俺も間違いなく後ろから階段へと落ちていただろうからな」
そう言うと勘太郎は後頭部をさすりながら自分の幸運を改めて確認する。
「しかし、そんな単純な仕掛けに警察や世間は今まで振り回されていたのか。トリックのネタが分かってしまえば何だか滑稽だな。こんなのが分からなかっただなんて?」
「正体が分からないからこそ狂気のトリックとなり得るのですよ。正体が分からない未知なる現象には人はいろいろと恐怖し想像してしまいますからね。だからこその心理トリックですわ」
「そんな物かな。まあ、今までに出会った狂人達もそんな感じだったから、そうなのかも知れないな」
「話を続けますわ。あの円卓の星座の創設者でもある壊れた天秤の言いつけで狂人ゲームに参加しなければならなくなった貴方は、先ずは手始めに三年A組の担任でもある谷口先生を階段落下トリックで殺害しましたよね。しかもその時貴方は一人で実行に移しています。何故ならここで生徒達に協力を仰いだらアリバイの問題が出ますし、貴方には自分のアリバイを証明してくれる仕掛けがありましたから、実質上貴方しか動けなかった。各生徒達のアリバイを調べた結果、近藤正也君は確かに二十三時頃に家でYouTuber動画を見ていたと証言していて、その後母親が近藤正也君に声を掛けたとの証言を得ましたから彼は犯人ではありませんでした」
「佐藤彦也の件はどうだ」
「佐藤彦也君のアリバイは彼が所属するソシャゲの仲間達に直接ネットで、その時間に一体何処のエリアに行ってどのアイテムをゲットして、尚且つ何のボスに挑んで勝敗はどうなったかを、その共に戦ったと言う仲間達に聞いて回ったのですよ。後はその同じ用な質問を佐藤彦也君に質問をすれば、本当にその日の時間にソシャゲーをやったのかが分かると言う物です。本当のマニアなら自分の冒険歴を人任せにしたらとてもじゃありませんが語れませんからね」
「なら佐野舞子や小枝愛子のアリバイももう既に証明済みと言う事だな」
「まあ、そう言う事です。最初に五階から金属バットを落としてきたのは、小枝愛子さんに先ず間違いは無いでしょう。金属バットを落とした小枝愛子さんはそのまま四階の女子トイレに逃げ込んで、女子トイレの中に設置してあるゴミ箱の中に絶望王子の衣装を隠してから、アリバイを作る為に裏階段の四階で宛も絶望王子に階段から突き落とされた用に見せかけたと推察されます。そして肝心の貴方は私の指示に従い、外の非常階段一階で見張りをしながら絶望王子に姿を変えて絶望王子が宛も四階から外に逃げていったという事実を作ったのではないでしょうか。その為には裏階段で見張りをしていた相馬教頭先生を襲って、絶望王子が校舎から逃げたと言う証拠が必要になる。だから相馬教頭先生を襲ったのですよね。眠らせる為のクロロホルムは闇のネット、つまりはダークウェブで購入した物ですね。だからクロロホルムの出所がイマイチ分からなかった」
「それはあくまでも君の勝手な推理だろ。中々面白い考えだが憶測だけで物を言われては流石にたまらんな」
「なら谷口先生を殺害する為に作ったアリバイトリックを今度は崩していきましょうか。答えは簡単ですわ。やっさんと言うホームレスやその居酒屋の女将さんの話では、貴方はそのやっさんと個室で話を語らい合いながらビールやウイスキー、日本酒と言ったお酒を飲んでいたと証言していますが、私はそのやっさんに『田中さんはビールやウイスキー、日本酒だけでは無く水割りの焼酎も貴方と飲んだと聞いていますがそれは本当ですか』とでまかせの言葉でやっさんの心を少し揺さぶって上げたのですが、そうしたらその言葉を信じたやっさんは慌てて焼酎も飲んだと証言を変えて来ましたわ。つまりあなた方の個室での証言には嘘が隠されていると言う事です。田中さん貴方は彼にお金を渡して、その個室に貴方がいたというアリバイを彼に作って貰いましたね。お金を出せば人殺し以外は何でもやるとホームレスの仲間達からもそう言われていたみたいですからね。だから貴方は彼にアリバイ作りを頼んだ。奥さんにバレない用に不倫相手に会うから協力してくれとか言ってね。そしてその事に味を占めた貴方は、今度は絶望王子の姿に扮して再びやっさんに会いに行きましたね。絶望王子の姿に扮して少し遠くで暴れる動画を撮らせてくれたら給金ははずむと言ってまた彼を利用したのですよね。理由は簡単です。江東第一高校で活動している他の絶望王子達が少しでも動きやすくなる為に、やっさんには出来るだけ時間稼ぎをして貰う為です。そのやっさんと交渉する為に絶望王子の衣服に香水を振りかけたのは、もしも自分に疑いが掛かって来た時に相馬教頭先生に濡れ衣を着せる事が出来ればいいと言う考えからだと考えます。そしてその事を踏まえて警察が激おこで追求したら、ついにそのやっさんと言うホームレスは自分の証言は真っ赤な嘘だったと認めましたわ。つまりあなたのアリバイは見事に崩れたと言う訳です」
「だが例え私が嘘を言っていたとしてもまだあの絶望王子と繋がりがあるとは限らないぞ。本当に不倫相手がいるかも知れないじゃないか」
そう言ってのける田中友男に羊野はトドメとばかりにある決定的な証拠となる言葉を突きつける。
「田中さん、貴方は二日前に絶望王子に扮して相馬教頭先生を襲う所をあの内田慎吾君にその一部始終を見られているのですよ。だから内田慎吾君は悪い絶望王子から小枝さんを救う為に動いたのでしょうね。流石に貴方の顔は見てはいないと言っていましたが、その姿形から貴方では無いかと直ぐに疑ったと言っていましたよ」
「ほ~う、あの内田君がね。じゃなんで彼は……そこまで分かっていながら直ぐに警察に届けなかったんだ」
「その確証がまだ彼の中には無かったからです。もし間違っていたらあなたを傷つけてしまいますからね。と内田慎吾君が言っていました」
「そうか……彼が、あの生徒は私の息子に似ていて優しい性格をしているからな」
「そして最後の決定的なとどめは、あなたが盗んだ綾川エリカさんのスマホに貴方の耳紋がくっきりと残っていた事です」
「じ、耳紋だとう……なんだ、それは?」
「指紋と同じように耳にも耳紋と言う物があるのですよ。しかも指紋と同じように耳の形も人それぞれ微妙に違うらしいですからそこから個人がバレてしまうのです。恐らく貴方は綾川エリカさんから盗んだスマホを使ってメールやチャット、ツイッターの類のSNSではなく電話であの不良達を挑発する事を選択しましたね。指を使ったスマホの操作はもしかしたら誤って指紋がつく恐れがあるので、AIの声認識機能で言葉だけで相手を呼び出すことの出来る電話機能は特にスマホに触らずに相手に電話を掛ける事が出来るので貴方はそのサービスを利用して電話を掛けたのではないでしょうか。そしてその後綾川エリカさん本人を呼び出す時も同じ方法で彼女を近くの人気の無い所に呼び出しましたね。スマホが見つかったから今すぐに貴方に届けたいとか言ってね。でもそこに貴方の油断が生まれた。そう彼女を呼び出す際に貴方は無意識に耳をスマホに当てて話していたのですよ。ホント日常の生活動作の用な物はいくら気をつけていても無意識に出てしまう物ですからね」
その羊野の言葉を聞いた田中友男は張り詰めていた肩の力を抜くと大きく溜息をつく。
「そうか……やはり人任せは駄目だな。証言が一つ崩れたら次々と崩れて行くからな。まあそれは私も一緒だがな。まさかやっさんの証言が見破られただけで無く、あの内田慎吾君に現場を見られていたとはな。そして極めつけがその耳の耳紋か。指先の指紋にだけ気をつけていれば大丈夫だと言うその固定観念に縛られて他の知識を頭に入れていなかった私の落ち度と言う訳か。完敗、完敗だよ、流石はあの円卓の星座の創設者でもある狂人・壊れた天秤に認められた対戦相手だな。私の完全な負けだよ。白い羊と黒鉄の探偵! その名に偽りは無い用だな」
(いやいや、俺自身に偽りがあり過ぎてここに来てからはまだ何もしていないんですけど。しゃべりの方も羊野が独占的に一人で勝手に話しているだけだし。俺ものすご~く、かっこ悪いわ!)
そんな事を思いながら勘太郎は褒めちぎる田中友男の言葉に内心後ろめたさを感じる。そんな田中友男に羊野が、お酒での誤算をストレートに語る。
「貴方の失敗は、あの飲み仲間のやっさんに自分の必要なこと以外は何一つ語らなかった事です。だからこそやっさんは私の突然のアドリブには対応出来なかった。何せ貴方が焼酎は飲まないという事は知らなかったみたいですからね。本来なら時々一緒にお酒を飲んでいるのですから焼酎は飲まないと言う話を何処かで聞いていてもいいはずなのですが、貴方がもし円卓の星座の狂人なら、他人に情報を聞く事はあっても貴方個人の情報を無闇に教えることは絶対にしないと思った物ですからね。それにいろんなお酒を飲んでいる中で貴方は敢えて嫌いな焼酎は避けているはずですから、やっさんが焼酎を注文して『田中さんは、焼酎は飲まないのか?』と話を振らない限り、焼酎の話は絶対にしない物と思いましたから。なので、ちょっとこちらも伏線を張ってカマを掛けて見たのですよ」
「ふ、確かに私は自分のことは余り語らなかったのかも知れないな。もしかしたらそこから私の円卓の星座の狂人としての活動に穴が生じると無意識的に思っていたからな。だから人から話を聞く事はあっても自分の事を語る事は極力避けていた。だがこんな事なら自分の酒の好き嫌いくらいは話しておくべきだったな」
「ホホホホッ、今さら遅いですわよ」
羊野はまるで親しい友人にでも話し掛けるかの用に笑顔で笑うと、ず~と聞きたかった彼の本当の正体に迫る。
「ちなみに貴方の狂人としての二つ名は一体何と言うのですか。絶望王子なんて言う狂人は知りませんから、もしかしたら名を偽ってこの狂人ゲームに参加していると思いましてね。こんな凄いゲームを繰り広げた狂人の二つ名を知らないだなんて流石に失礼だと思った次第です」
「私の狂人としての二つ名は……冠の茨だよ」
「ああ、その名を聞いて思い出しましたわ。円卓の星座の狂人には確か、素行の悪い人間だけを専門に襲う、事故死に見せかけて相手を殺害する狂人がいると前に壊れた天秤から聞いた事があります。その二つ名が確か……冠の茨。そうあなたがそうでしたか」
「いつもは高層ビルや屋上から相手を落とすトリックに特化していたんだが、一年前にやっさんの話で息子を階段事故で亡くした母親の話を聞いてから興味が湧いてな。その母親に合う機会があったら一度は会って話がしてみたいと思っていたのだが、出勤中に高校の校門前で泣き崩れる王子大輝君の母親に会ったんだよ。その母親の話では、学校側に虐めについて直ぐさま教育委員会に再度の原因追求をしてくれと強く訴えたらしいんだが、王子大輝君の死因はただの事故で事件性は全くないと逆に学校側から突っ返されたとの事だ。その後もめげずにビラを配ったり更に学校側を訴えたりといろいろと一人で頑張っていたんだが、その虐めを受けていたという事実を無情にももみ消されたのを皮切りに、ストレスと疲労で病気となった王子大輝君の母親は無念の中で床に伏せる時が多くなった。それにどうやら王子大輝君は母子家庭だったらしいからたった一人の息子を失った母親の絶望は俺にも通ずる物がある。そう思ったから彼女の無念に答える事にしたんだよ。危篤状態の病室で彼女が私に依頼した案件はただ一つ、それは自分の息子を虐めで階段から突き落とした生徒を見つけ出し、絶対の恐怖と後悔と絶望を与えた上で、その虐めに関わった者達を裁いてくれと言う物だった。私はその後、彼女が死んだら自動的に振り込まれる依頼料を確認した上で、その依頼を遂行することにしたんだ。だが壊れた天秤の言いつけでお前らと狂人ゲームをしなければならなくなってからは次々とその計画は狂って行ったよ。何せこちらもたったの三日間の間に、一日に一回は人を死傷させなければならないという縛りがあったからな。だからたったの三日間であの不良達を絶望階段に誘いこまなければならないと言う無謀な縛りが出来た。そうでなかったらお前らがこの事件に関わった時点でしばらくは身を隠すに決まっているだろ」
「確かに狂人ゲームの縛りには人を急かすかのような無理無謀がありますからね。そんな中で犯罪を起こさないといけないだなんて元同僚ながら同情しますわ」
「同情などいらんよ。私もこの絶望階段トリックを遂行する為に、兄弟のように王子大輝君と親しかったとされる近藤正也君や、過去に妹をイジメで亡くしている佐野舞子さん、更には王子大輝君に階段事故で命を救われた事に酷い罪悪感を抱いている小枝愛子さん達に敢えて近づき、彼らの心の闇を言葉巧みに刺激してこの復讐劇に協力させたのだからな。私は許されない悪党だよ」
「その二つ名に相応しく、まるで彼らの心を見えない茨で締め付けて言葉巧みに操っていたのですね。敢えて自分の正体を隠しながら複数の人間を手駒のように動かす事が出来るだなんて凄い技術じゃないですか。流石は円卓の星座の狂人、冠の茨ですわね」
白い白銀の髪を揺らしながら羊野は丁寧なお辞儀で相手の心情に態度で返す。そんな羊野の言葉にこの事件の幕引きを考えていた田中友男は直ぐ後ろに見える金網に手を添えながら力強くその金網を前へと押す。すると、その金網はドアの形の用に縦長の長方形に切り取られ、そこには外へと通ずる文字道理のエアドアが現れる。
「こんな事もあろうかと、向こうの世界に逃げる扉を用意しておいて正解でしたね」
「田中さん一体何を考えているんだ。馬鹿な事は止めるんだ!」
「黒鉄の探偵さん、正体とトリックが見破られた狂人の末路は……鉄の掟は当然知っていますよね。なら話は簡単です。あなた方に敗れた私もそろそろこの舞台から退場したいと思います」
「ふ、ふざけるな。お前これだけの事をしておいてまさか逃げるとかは無いだろ。お前に巻き込まれた佐野舞子や小枝愛子、それに近藤正也だって酷く心を傷つけられて警察に連行されて行ったんだぞ。それなのにお前は全ての罪をあの生徒達に押しつけて堂々と逃げるのかよ。そんな事は俺が絶対に許さないぞ。お前もちゃんと罪を償うんだ。そうしないと胸を張って亡くなった息子さんに報告が出来ないだろ!」
その相手の為に必死で言った勘太郎の言葉に田中友男は大いに笑う。
「ハハハハッ、そうだな、お前のような奴があの場にいたら、もしかしたら家の息子は自殺なんかしなかったのかもしれないな」
「そいつは買い被り過ぎだな。羊野がいたのならともかく、俺がいたってたいした役には立たないよ。だけど弱い者は弱い者なりに頭を使ってあがいて……時には逃げて、失敗して……諦めずに、あがいて、あがいて、あがき続ける事が出来れば、いつかは光明の光が見えると俺は信じているよ」
「君が弱いだって……私はそうは思わないよ。確かに白い羊の狂人のような頭脳も驚異の身体能力も無いようだが、あの不良達に臆しながらも赤の他人を守る為に一人で立ち向かう勇気はあるじゃないか。私が率いる絶望王子達と戦った時もそうだ。黒鉄の探偵、君のその必死さや優しさは決して嫌いではなかったと今は改めてそう思うよ。まあ精々これからもその白い羊の狂人を操って、円卓の星座の狂人達に挑むといい。君たちの今後の健闘を祈る。」
「ま、待て、田中さん、まだ話は終わってはいないぞ!」
そう勘太郎が叫んだ瞬間、田中友男は素直に頭を下げると、十二階の屋上から闇の空へと豪快にジャンプするのだった。
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