第三章 『汚れた天馬』 1.天馬様の天罰

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第三章 『汚れた天馬』 1.天馬様の天罰

1.天馬様の天罰  四月一日(水曜日)  時刻は昼の十二時三十分。 『行き成りだがお主は神様の存在は信じるかね? ワシの住んでいる寺の御神体である天馬様は確実に存在する。その証拠にワシは二年前からその神の馬でもある天馬様のご神託を受けている。そう私はついに長年の厳しい修業の末に神の声を……天馬様の天啓(てんけい)を授かる事が出来たのだ。そう私は神により選ばれた人間なのだ!』  熱気冷め有らぬある地方のローカルテレビのニューススタジオで今話題となっている人物をゲストとして迎えている。その上で何とかその人物から話を聞き出そうと進行役の司会者がいろいろ質問を投げ掛ける。  だが質問する司会者すらも何やら半信半疑で話している為か周りのコメンテーター達も疑惑の目でその呼ばれた人物を見ていたが、そんな周りの不穏な雰囲気に飲まれること無くその人物はまるで神の代弁者であるかの様に自分の考えを雄弁に語る。  自らの体験談をまるで自慢話の用に語る彼の名は『高田傲蔵(たかだごうぞう)』六十五歳。丸坊主頭と恰幅(かっぷく)のいい体をした天馬寺と言うお寺を預かる今話題の住職である。  服装は略装用の法衣と黒袈裟(くろけさ)を羽織り、手には茶色い数珠を持ちながら目の前にある三台のカメラにどや顔を決める。  シンプルなセットとスタジオを照らす照明の為かこの胡散臭い住職の存在が嫌でも浮き彫りとなりかなり目立つが、そんなアウェーの中でも高田傲蔵和尚は自分が起こしたとされる奇跡の数々の話をもう一度カメラ目線で意気揚々と語る。 「まだワシの話をにわかには信じられない用だな。まあ、無理もない。凡人達には到底理解する事のできない、正に神に選ばれた者だけがたどり着くことの出来る神秘の領域なのだからな。だがワシは神に選ばれた伝達者だからな、今までに起こした天馬様の奇跡の数々を今一度一つずつ話して行くかのう」  不気味な笑顔で語るその言葉に三人の内の一人のコメンテーターでもある大学教授の肩書きを持つ『大塚信次(おおつかしんじ)』四十歳が行き成り高田傲蔵に話し掛ける。 「その天馬様とやらが起こすとされる奇跡、確か……愚かなる人を裁く為に天馬様が下す天罰、それが人体天空落下だったかな? 何でも貴方の話では、その貴方が信仰するとされる神様の言葉に従わなかった不届き者に天罰を与えた結果、この二年間の間に十数人もの人間が高い所から地面へと落とされ、そして亡くなっている。そうですよね」 「ああ、確かにそうだが、それが何か」 「だったらそれは歴とした犯罪じゃないのかね。何せあなたはその人の死を予言し、まるで貴方の言葉になぞらえるかの用にその後その人達は皆謎の天空落下現象で死んでいるのだから!」  その大塚信次大学教授の言葉にスタジオの客席がざわめく中、高田傲蔵和尚は不適に笑いながらゲストの席から立ち上がる。 「カカカッ、妙な言いがかりはやめて貰いたい物だな。ワシはただ天馬様の……神の天啓に従って言葉を発しているだけで、その有難い警告を皆が無視するからそれぞれが不幸な目に遭うのだ。それを皆ワシのせいにするなど言語道断だぞい。あの死んだ不届き者達は皆天馬様の有難い警告を、そしてお言葉をちゃんと聞かなかったからあんな惨めな目に遭うのだ。そうこれは正に神のお言葉をちゃんと聞かなかった者達に対する天馬様からの天罰に他ならないとワシは思っているよ」 「天罰だと、ふざけるな。そんな物が現実にあって溜まるか。きっとあんたが高い所からその被害者達を落として殺害したんだろう!」 「ふん、ふざけた事を、ワシがそんな事をする訳がないだろう。これは正にワシの……いや、天馬様のありがたいお言葉を信じて来なかった者達への当然の結果だろう。なので特にワシが何かをした訳では決して無いぞい!」 「よくもぬけぬけとそんな狂言を吐けるな。天馬様だか何様だかは知らないが。あんたがこの天空落下事件に深く関わっているに決まっているんだ! そうでなかったら、ついさっきまで地上を歩いていた人が、なんの前触れも無く空から落ちて来るだなんて、どう考えても非科学的だし可笑しいだろう!」  激しく激怒するその大塚信次と言うコメンテーターに、隣で聞いていた元女医のコメンテーターが(しき)りにある疑問を話出す。 「でもその亡くなったとされる十数人の人達は皆、高い所から落ちて死んでいるんですよね。ならそんな事はこの住職には……いえ、普通の人間には絶対に無理ですよ。何せその死亡した四人の人達は皆、何れも落下した死体の円形範囲には木々や高い建物が一切無かったのですから。その距離はいずれも五十メートルは離れていたと言う話です。そう空でも飛べない限りは絶対に彼らをあの何も無い位置に落下させることは不可能です!」 「それは確かにそうだが、きっと私達が想像だにしない、人の盲点をついた何らかのトリックで被害者達を高いところから落として殺しているに決まっているんだ!」 「カカカッまさかその者達を殺害する為だけにワシが小型プロペラ機や大型クレーン車でもチャーターして彼らを空から落として殺害したとでも言いたいのかね。フン、とんだ言いがかりだな。大体飛行機があの町中で飛んだら音やその姿形で誰かが嫌でも気付くだろうし、地面にタイヤの跡が残る大型クレーン車もその場を走っていたらその存在を隠すことなど先ず出来ないだろうさ。それに当然ワシはプロペラ機もヘリコプタも、当然クレーン車も所有してはいない。なのでワシにその被害者達を殺害することは実質上不可能と言う事だよ。それにその被害者達が死亡したと思われる各々の時刻に、ワシは寺の境内で仕事をしていたと言う立派な証拠もちゃんとある事だしな」 「そうですか、ですが貴方の宗教法人としての……いや、宗教家としてのやり方には何れも懸念を感じざる終えない。何故なら貴方の宗教から脱退しようと逃げ出す信者達を拘束し捕まえて、そのまま再教育をするシステムが既にできあがっているという噂じゃないですか。その中には当然行方不明になった信者達も何人かいると聞いていますよ。そしてその強引に介入させた信者達からはお布施と称して多額なお金を巻き上げているらしいじゃないですか。その行きすぎた行為は法人の闇が抱える社会問題と言っても差し支えは無いだろう」 「フン、そんな出任せの用な真実は一切無いぞい。そんなのはいつもの達の悪いただの噂だろう!」 「私はそうは決して思えない。何れあんたはその化けの皮を剥がされる事になるんだ。だから覚悟しているといい!」  まるで親の(かたき)とでも話す口調で厳しく責任追及をする大塚信次大学教授に高田傲蔵和尚は数秒ほど黙っていたが、直ぐにふてぶてしい顔をみせながらコメンテーター席に座る大塚信次大学教授に向けてある予言めいた言葉を言い放つ。 「フン、大塚信次とやら。どうやらあんたとは明確にウマが合わない用だな。ならそこまで言うのならワシが天馬様に頼んで決定的な助言とも言うべき奇跡を一つ披露してやろうではないか!」  そう言うと高田傲蔵和尚は天空にいるとされる馬の神様、天馬様と送信するべく両手を合わせながら懸命に祈り始める。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……と言う言葉を約一分ほど繰り返し唱えた高田傲蔵住職は、未だに疑いの目を向ける大塚信次大学教授に向けて行き成り言い放つ。 『おお、たった今天馬様から有難い天啓を授かったぞ。大塚信次大学教授とやら、ワシの予言をありがたく聞くが良い。神の存在を疑り深い愚かなお主にはこの一週間の内に必ず天馬様が神の力をお示しになると言っている。そうだ、その身を代償に天馬様の天啓を甘んじて受けるが言い! カカカカカカーッ!』 「天啓だと、馬鹿らしい。何が神の力だ。そんなのはインチキに決まっている。あんたがあるっこと無い事言って、その殺人行為を一部の信者達に行わせているんだ。そうに決まっている!」 「ふ、愚かなり。いくら迷える信者達を集めたとて、あの数百メートルはある高さから真っ逆さまに落下するあの天空落下現象は誰にも真似はできんぞ!」 「そ、それは……?」  大塚信次大学教授が何も反論出来ずに押し黙ると、そこにつけ込むかの用に高田傲蔵和尚が両手を合わせ念仏を唱えながら、数珠をジャラジャラと鳴らす。 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、天罰天昇、天罰覿面、天馬様、この愚かな背徳者なる者を速やかに天空へと誘いその不浄の魂を浄化したまえ! 天罰~天罰~天罰~大天罰!」  その常識を越えた異常な行いに周りにいた人達は皆息を飲み、その異様な迫力に飲まれた大塚信次大学教授はまるで何かに怯えるかの用に取り乱す。 「うるさい、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れぇぇ~! 一体何なんだあんたは、頭がおかしいんじゃないのか。こんな胡散臭い神の使いを名乗る詐欺師とはもう仕事は出来ないぞ。もう気分が悪いから私はこれで帰らせて貰うよ」 「カカカカカカーッ、いくら憤慨しても神の天啓から逃げられる訳がなかろう。お主の魂が浄化して天に召されるのが楽しみだわい」 「黙れ! 天馬様などいない。天空落下などそんな不可解な現象は絶対に有り得ない! そんな世迷い言は必ず警察が解き明かしてくれるはずだ!」 「カカカッ、日本の警察風情に天馬様の奇跡を探る機会や権利など最初から許されてはいないのだよ。クククク、残念だったな!」  日本の警察が天馬様とやらが使う天空落下現象の謎を調べる権利を最初から許されてはいない。この高田傲蔵和尚は一体何を言っているんだ?  そんな事を思いながらコメンテーター席から立つ大塚信次大学教授は、根拠の無い自信に笑う高田傲蔵和尚を見つめながら、これから自分に降りかかるかも知れない災難を必死に否定するのだった。
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