4.天馬寺の主と話し合いをする

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4.天馬寺の主と話し合いをする

4.天馬寺の主と話し合いをする 『遅いな、いつまで待たせるんだ。あれから優に三十分は過ぎているぞ。その高田傲蔵和尚とやらに俺達の訪問を報告するだけなのにこれ程の時間が掛かる物なのか? 一体何を話し合っているんだ。奴らは?』  時刻は昼の十二時三十分。  畳の数からして八畳程の大きさのある和風の部屋の中で勘太郎・羊野・春ノ瀬桃花の三人は、高田傲蔵和尚に知らせに行った有田道雄と名乗る修行僧をただひたすらに待つ。  だがこの部屋に通されてからもう既にあれこれ三十分は経過していると言うのに一向にその姿を現さない有田道雄に不安を感じた勘太郎は、まさか自分の正体が気付かれているのではないかと入らぬ疑心暗鬼に捕らわれていた。  まあ、その正体がばれた所で対した事ではないのだが、人を騙しているという背徳と罪悪感が勘太郎の小心な心をその時間の経過と共に不安にさせていく。  そんな勘太郎の不安に共感するかの用に卓袱台の前に座る春ノ瀬桃花は体を小刻みに震わせながらその不安を隠せないでいる用だったが、その隣に座る羊野の方は被っていた羊のマスクを卓袱台に置きながら呑気に出されていたお茶を味わう。 「お前なんか凄く余裕だがこの状況に緊張とかしないのかよ。山を降りる為の橋桁は上に上げられてるし、謎の信者達は多いし、もしその高田傲蔵和尚って人がやばい人間なら場合によっては俺達はこの天馬寺から出る事が出来なくなるかも知れないんだぞ」 「ホホホホホ、そんなやばい宗教団体ならもしかしたら思いのほか楽しめるのかも知れませんね。もし信者達を使って私達を拘束するつもりなら正当防衛と言う理由で彼らを完膚なきまでにぶちのめせますからね。そんなスリリングな展開になってくれる事を切に願いますわ」 「揉め事や傷害事件だけは勘弁してくれよ。俺達の目的はあくまでも春ノ瀬桃花さんの父親、春ノ瀬達郎さんの奪還なのだからな」  そう言うと勘太郎は、不安な顔を向ける春ノ瀬桃花を気遣いながら自分の弱気な態度を改める。  いかんいかん、俺が弱気な態度を見せていたら依頼人の春ノ瀬桃花さんが更に不安がってしまう。気をつけているつもりではいたがつい不安が態度に表れていたか。ここは気を引き締めて強気で行かないとな。そうしないと依頼人の春ノ瀬桃花にだけでは無く、この天馬寺に住む信者達にも俺の不安を見抜かれてしまう。  そう思った勘太郎は決意を新たにしていると、その決意に対抗するかのように中々帰ってこなかった有田道雄修行僧が部屋の襖を静かに開ける。 「お待たせしました。高田傲蔵和尚があなた方とお会いになられるそうです。では私に付いてきて下さい」  その言葉に従いながら勘太郎・羊野・春ノ瀬桃花の三人は、先頭を歩く有田道雄修行僧の後ろについて行く。  見るからに真新しい廊下を歩きながら勘太郎は考える。  やっとその高田傲蔵和尚とやらに会えるのか。春ノ瀬桃花の話では、その高田傲蔵和尚は天馬様とか言う神様と交信が出来るらしいが、その高田傲蔵和尚とどう話に折り合いを付ける事が出来るのか正直不安でならないぜ。  そんな思いを抱きながらしばらく廊下を歩くと、有田道雄修行僧はお寺の本堂で待つ高田傲蔵和尚のいる本堂の前へと案内する。 「では、私はもうそろそろ修行に戻らないといけないので、あなた達のタイミングでこの襖を開けて護摩業をしている高田傲蔵和尚の元を訪れて下さい。では私はこれで失礼させていただきます。桃花さん……ではまた」  そのねちっこい嫌な視線に春ノ瀬桃花の声は「は、はい」と思わず裏返る。  どうやら春ノ瀬桃花はこの有田道雄修行僧の事が酷く苦手のようだ。その彼女を見る気持ち悪い視線が勘太郎にも嫌でも伝わって来るからだ。  そんな思いを抱かれている事に気付いているか気付いていないのかは分からないが、有田道雄修行僧は静かにその場を後にする。  案内を済ませていなくなった有田道雄修行僧に後ろ髪を引かれながら勘太郎は一体これからどうしたらいいのかと多いに焦るが、部屋の隣から伝わる熱気と音にその状況を直ぐに理解する。  何かがバチバチと燃える音とお経を唱える大きな男の人の声、そして木々と線香が燃える匂いが嫌でも戸を隔てた襖の奥から臭い、伝わって来る。そんな熱気と気迫を感じ取った勘太郎は、羊野と春ノ瀬桃花の二人に目配せをしながらお互いの意思を確認する。 「羊野、春ノ瀬さん、準備はいいですか」 「ええ、いつでもいいですわ」 「わ、私も大丈夫です」  二人の返事を貰った勘太郎は、目の前の襖を勢いよく開くと高田傲蔵和尚が待つ本堂へと足を踏み入れる。 「し、失礼します」  三十畳程もある本堂に足を踏み入れると、奥の真ん中付近にある大きな祭壇には己の存在をまるで誇示するかのように天馬様の仏像がきらびやかに聳え立ち、神々しく祭られている。そしてその真下では荒々しく火を炊きながら護摩業をする高田傲蔵和尚が必死な形相でお経を唱えていた。  実際本職なだけのことはあり、怪しげながらも猛々しくお経を唱えるその姿は嘘偽りのない本物の修行僧のようにも見えるが、そのパフォーマンスのような大袈裟な仕草はまるでその場に現れた勘太郎達にその天馬様の存在を見せ付けるかの様だ。  そんな高田傲蔵和尚の服装は略装用の法衣の黒袈裟を羽織り、手には黒い数珠を持っている。そのお相撲さんの様な大きな体格はそれだけで大人の貫禄を示しているかの用だ。  線香が燃える匂いと木々の燃える煙で本堂中が燻されて行く中、熱気と熱意を肌身に感じた勘太郎はその大迫力に圧倒されながらもそのお経が終わるまで皆で静に待つ。 「……。」  待つこと3分。永遠に続くかと思われたお清めの儀式がようやく終わり安堵に包まれた勘太郎は、お経を唱えるのを終えた高田傲蔵和尚の様子を見守る。  お経が止まった本堂は静寂と静けさで静まり返り、異様な緊張で張り詰めていた緊張感はいつの間にか無くなっていた。  そんな雰囲気の中で勘太郎・羊野・春ノ瀬桃花に厳しい視線を向けていた高田傲蔵和尚の顔が突然屈託の無い笑顔へと変わる。 「カカカカカカーッ、今日は朝っぱらから遺族の抗議団体の人達とかで来客が多いな。だが、まあよく来たな。市役所から参られた生活保護課の職員の黒鉄さんに、その可笑しな羊のマスクを被っている女性は確か何処かの探偵事務所の探偵だったかな。そしてその羊の女探偵を雇ったのが、あの修行僧の春ノ瀬達郎さんの娘で天馬寺入信候補の春ノ瀬桃花だったかな。ではワシも自らを名乗らせて貰おうか。ワシの名は高田傲蔵、この天馬寺で住職を務めている神の声を聞く事が出来る天馬様の使いだよ!」  その当たり前の用に話す高田傲蔵和尚の言葉に思わず疑問を抱いた勘太郎は、思わず首を捻る。  神の声を聞くことが出来るだとう。本当にそんな事が出来る物なのかな?  勘太郎が疑いの目を向けていると、その思いを見透したかの用に高田傲蔵和尚が豪快に笑う。 「カカカカっ、信じられないという顔だね若いの、まあ無理も無い。二年前まではワシも普通の御仏に使えるただの住職の一人だったのだが、ある日天馬様がワシの枕元に現れてこう言ったのじゃよ。『この天馬が授ける全ての荒行の試練を見事克服して見なさい。さすればそなたに我が神力を授けよう』と、そんなお告げがあったのだよ。そしてワシは天馬様から与えられたあらゆる厳しい荒行を経て、天馬様の……神の馬の力をその身に宿す事がついに出来たのだ」 「まさか、そんな話はとてもじゃないが信じられないのですが」 「まあ、ワシに会った所見の人達はみんなそうだろうな。だがワシの起こす奇跡の力をその目で見て身をもって体感する事が出来れば信じざる終えないのではないかな」  その何やら自信たっぷりな高田傲蔵和尚の言葉に勘太郎は嫌な冷や汗を掻く。 「フフフ、まあ、ここで立ち話もなんだ。ここは座ってゆっくりと話でもしようではないか。おい誰か、茶でも持ってきてくれ。せっかく本堂まで来てくれた客人を待たせるんじゃ無いぞい!」  その天馬和尚の一声で姿を現した白服の信者達はお茶とお茶菓子を勘太郎・羊野・春ノ瀬桃花の前に素早く置くと、まるでロボットの用に素早くその場から消える。その正確な作業は一切の無駄が無く、良く訓練された動きを三人に見せ付ける。  勘太郎達は既に本堂に用意されていた来客用の座布団の下座に座り。大きな祭壇に背を向けながら三人を見下ろす形となる高田傲蔵和尚は一段高い床の上座へと座る。 「カカカカーッ、この寺ではいい緑茶の茶葉を使っておるぞ、まあ飲んでみなさい」 「あ、有難う御座います。では羊野、春ノ瀬さん、ここはお言葉に甘えていただこうか」 「そうですわね。流石に喉が乾きましたからね」 「は、はい、お茶を飲みます」  お茶を勧められ一口飲み落ち着いた勘太郎達に天馬和尚がすかさず話し掛ける。 「そう言えば君達がここへ来た理由は、そこにいる娘の父でもある春ノ瀬達郎修行僧に合わせてくれとの訴えだったな。厳しい修行期間の間は誰にも会ってはならないという天馬様の厳しい教えには反するが、まあいいだろう。父を思う娘のそのけなげさに免じて天馬様も今回ばかりは特別にお許しになって下さる事だろう。天馬様とて必ずしも鬼では無いのだからな」 「ほ、本当ですか。本当に父に会わせてくれるのですか」 「ああ本当だとも、天馬様は絶対に嘘は言わんよ。ただ今日中に会えるかな分からんがない?」 「出来れば日の出ている内に会いたいんですけど。この辺りは暗くなると夜道が怖いし」  糠喜びの様な顔をする春ノ瀬桃花に高田傲蔵和尚は怪しく和やかな笑みを向けながら耳障りの言い言葉を並べるが、そんな高田傲蔵和尚に羊野瞑子が直ぐさま口を挟む。 「高田傲蔵和尚、私がここへ来たのは春ノ瀬桃花さんの父親でもある春ノ瀬達郎さんにお会いして、娘さんと二人っきりで何処か邪魔の入らない所で話し合って貰う為です。つまりは彼女のボディーガードとして一緒に同行させて貰っています」 「ほう、最近の探偵はボディーガードの真似事のような事もするのかな。この不景気とはいえ、中々ニーズが広くなったではないか」 「本来は探偵の仕事ではありませんが、春ノ瀬桃花さんの提示した依頼内容はお父さんに会って誰にも邪魔される事無く今後の事について詳しく話をつける事ですから、私はこの親子が落ち着いた所でお話が出来る様に堪えず見守るのが仕事ですわ。ですがせっかくここまで首を突っ込んだのですから、私もただ黙って事の成り行きを見ている訳には行かなくなりました。未だにたった一人で家に放置されている未成年の春ノ瀬桃花さんの為にも精一杯弁護したいと思います。そんな訳で今日は信仰の自由と子供の権利について話し合うべくここに来た次第です」 「なるほどな、修行の為とはいえ三ヶ月も家に帰って来ぬ父親に会う為依頼をしにきた娘さんに同情をしたと言った所か。まあ、いいだろう。聞いてやるから話して見なさい」 「ある統計では毎年宗教に嵌まる身勝手な親の行動のせいで子供の人生が左右されたり、貧困と放置の虐待の為か幾つもの小さな幼い命が失われているという事例が幾つもあります。今現在、春ノ瀬桃花さんはまだ小学生でありながらもお父さんの天馬寺での修行中の間は一人で家にいる事が断然多いと聞いております。いくら父親がお寺の修行僧とはいえこれは余りいい傾向ではありませんよね。だって小学六年生の女子児童がたった一人で家に何日も籠もっているのですから。ですので父親の春ノ瀬達郎さんにはこれから娘さんの私生活をどうするのかを一度じっくりと真剣に話し合う必要があると思いました。自らの修行僧という仕事と立場の為に娘さんを近しい親戚や施設にでも預けるのか。それとも一層のこと職を変え、別の所で新たに再スタートを計るのかをね。勿論、私もこの件に関わった以上協力は惜しみませんが、あくまでどうするのかを決めるのは春ノ瀬親子のお二人ですから彼らに一任するつもりですわ。ですので春ノ瀬達郎さんの外泊許可を一日だけ認めては貰えないでしょうか。それとこれは気になった事なのですが、天馬寺で私達に応対してくれた有田道雄修と言う修行僧が春ノ瀬桃花さんの入信を一方的に、しかもしつこく行っていましたが、まだ右も左も分からない年端もいかぬ未成年に入信を迫るのはどうかと思いますよ。子供に対する間違った倫理観や宗教教育は妄信的な宗教的洗脳に繋がりますからね」  羊野瞑子の如何にも最もらしい言葉に話を聞いていた勘太郎は心の中でほくそ笑む。  うまい! これなら春ノ瀬達郎をこの天馬寺から連れ出せるし、その後は春ノ瀬達郎を上手く説得してこの地からそのままとんずら出来るぞ。その後で俺の知り合いの赤城先輩に頼み法的に脱退させることが出来れば、この計画は万事OKと言う流れになっていくはずだ。だが肝心の高田傲蔵和尚はこの後どう出るかな? それが問題だ。  そんな勘太郎の思惑など知ってか知らずか高田傲蔵和尚は豪快に笑い飛ばす。 「カカカカっ 確かに言ってることは分かるが申し訳ないが修行中は春ノ瀬達郎をこの天馬寺から一歩も外へは出すことはできぬよ。彼は我が寺にとって無くてはならない大事な修行僧なのだからな。それに何人たりとも天馬様のお許しが無い限りは外へ出ることは絶対に叶わないのだよ。何故なら掟は絶対なのだからな。もし掟を破ったり脱退しようなどという不届き者がいよう物なら、その時は天馬様からの神罰が下る物と知るがよいぞ。なのでもしどうしても面会が希望ならこの天馬寺の中で会うとよいぞ。そのくらいならワシも何とか天馬様にお伺いができるのでなぁ」  不気味に笑う高田傲蔵和尚を見た勘太郎は生唾を飲みながら聞き返す。 「掟を破った者には天罰が下る。それは具体的には一体どんな罰が下るのですか」 「ククククッ 君も噂くらいは聞いたことがあるのでは無いかね。天馬様は空を駆ける馬の神様だよ。ならば罪人が受ける天罰は一つしかあるまいてぇ」 「それが天馬様の神罰による、罰を受ける人達への『人体空中落下』と言う訳ですね」  話を続ける天馬和尚に羊野がすかさず高田傲蔵和尚が言わんとしていた答を先に言う。 「そうだ、その通りじゃ。白い羊のお嬢さんは流石に飲み込みが早いのう」 「いえ、ただあなたが言おうとしたことを先に私が言ったまでの事ですわ。でもその人体空中落下が本当に神の力による物ならの話ですけどね」 「ほほう、お主は神の力を……天馬様の力を疑うと言うのかね」 「疑うも何も、そんな超常現象的な事が人間に出来る訳がないじゃないですか。高田傲蔵和尚は家の上司と同じでかなりの中二病の用ですわね」 「カカカカっ 中々面白い事を言う羊の女探偵さんだ。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれないな。いいだろう、だがその考えも今日で改心する事になるかも知れんぞ。世の中には我々人間には到底理解できない。解明も説明も追い付かない不可思議な事など沢山あるのだからな!」 「へぇ~っ、それは楽しみですわね。ならその神の奇跡とやらを是非ともこの目で見てみたい物ですわね。まあそんな奇跡が本当にあればの話ですけど」 「ふ、抜かしたな、この不埒な小娘が! いいだろう。いずれおぬし達は天馬様の力の一端をその目で見る事となるだろう!」 「ホホホホホホッ、ええ、是非とも見てみたい物ですわね」  お互いに対峙しながら不気味に笑い合う羊野瞑子と高田傲蔵和尚に春ノ瀬桃花はまるで小動物の用に体を震わせながら、この状況どうしましょうかと言った表情を勘太郎に向ける。  勘太郎はそんな二人のやり取りを「まあまあ二人とも落ち着いて下さい」と仲裁しながら心の中で叫ぶ。  人の事を中二病って呼ぶなあぁぁ~っ!と。  羊野のいらぬ挑発で少し険悪なムードになったその本堂に一人の見覚えのある信者がすり足で現れる。そうあの玄関前で勘太郎達を本堂まで案内してくれた有田道雄修行僧である。  有田道雄修行僧は静かに高田傲蔵和尚の前まで来ると丁寧に頭を下げる。 「失礼します。お客人がいる時に誠に申し訳ありませんが、高田傲蔵和尚に可及にお知らせしたい事がありまして」 「有田道雄修行僧か。どうした、話して見ろ」  その高田傲蔵和尚の言葉に有田道雄修行僧が耳打ちをすると、高田傲蔵和尚は大袈裟に溜息を付きながらニヤリと笑う。 「フフフ、お前達は幸か不幸か、良くも悪くもある意味ついているぞ。今日は心ならずも天馬様の天罰の力の一端をその目に焼き付ける事が出来るやも知れぬのだからな!」 「それは一体どう言う意味ですか?」  勘太郎が怪訝そうに言うと高田傲蔵和尚が不気味な笑みを向けなら不敵に答える。 「今現在ある一人の信者がこの天馬寺から姿をくらまし行方不明らしいのだよ。今日の午前中から天馬寺中を隈無く探したのだが、そのいなくなったと言う信者は未だに見つかってはいないとの事だ。となればやはりその信者はこの天馬寺から逃げ出した可能性が十分に考えられる。そう、つまりは脱走だよ!」
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