捻くれ者同士のわたしたち

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◇  油をひいたたこ焼きがジュージューと音を立て始めたので、作っておいたたこ焼きのもとを流し込んでいく。ひっくり返す作業は他の人にやってもらおう。 「ちょっとイズミ、ハヅキぜーんぜんこないじゃん!」  タコを雑に放り投げながらミナミがぶつぶつと文句を言う。  限りなく赤に近い赤茶の髪をツインテールにして、前髪は殿様みたいに縛ってあげている。こんな髪型が今時似合うのはこのオオツカ ミナミだけなのでは、と時々思う。  学生寮305号室。とにかく騒がしくイベント好きのミナミのこの部屋には、よく寮生が集まってくる。この間はホラー映画鑑賞会、その前はマリオカートトーナメント戦、今回は大学生らしくたこ焼きパーティー。 「ミナミさん、オレ呼んでこようか? 一個下だし! ハヅキの部屋!」  そう手を挙げたツンツン頭のツカちゃんは、ミナミのことを大層慕っている一個下の男の子。突発的なこのイベントにも毎回やってくる。  学生寮の1.2階が男子専用、3.4階が女子専用。ハヅキの部屋はひとつしたの205号室。  基本的に男女階をまたぐことは禁止されているんだけれど、ほとんど名ばかり。特に監視もされていないので、こうやってすきなときにお互いの部屋を行き来できる。 「ツカちゃんが行っても来ないっしょ、アンタうるさいから嫌われてんじゃん」 「いやいや、ミナミさんには負けますって」 「ウルサイなー、だから今仲良くなろうとしてんの」 「オレだってミナミさんと仲良くなりたいっす!」 「イズミ、ちょっと呼んできてよ。あの子アンタだけにはやけに懐いてんだからさ」  スルーしないでくださいよ!ってツカちゃんが頬を膨らます。2人のやりとりを見ながらやれやれと腰を上げた私は、しょうがないので浅井葉月を呼びに部屋の外へ出た。  あの子アンタだけにはやけに懐いてるんだからさ、と。ミナミの言葉を思い出して少しうれしくなる。  ハヅキの部屋へは廊下の突き当たりにある階段を使うのが一番早い。この時間のエレベーターは混んでいるから。  ─────浅井葉月という男は少し変わっている。  くせ毛で色素の薄い目にかかるほど長めの髪と、スラッとした体格、おまけに顔はかなり整っている。分け隔てなく人懐っこい笑顔を振りまくくせに、特定の友人や恋人は持たないタイプだ。  なんていうんだろう、上辺だけで、自分の一定のラインには他人を絶対に踏み込ませないような、そういう雰囲気。  入学時、この寮では新1年生の寮生を迎える歓迎会が寮生専用食堂で開かれる。そのうちわたしと同じ絵画学科具象画専攻はハヅキだけで、話しかけないわけにはいかなかったのだ。  その時も、嘘っぱちのようなやわらかい笑顔を私に向けてきた。『日高 和泉せんぱい、ですよね?』と。  他の人とは深くつるまないハヅキが、ときどき私の作品を見にきたり、お昼を一緒に食べたり、こうしてミナミのイベントに参加するのはすごく珍しいことだって、1年生の誰かから聞いたことがある。  それを恋だの何だの騒ぐ人も確かにいるけど、そんなものはわたしたちの間に一切存在しない。  ハヅキがわたしに少しだけ心を開いているのは、わたしとハヅキがどこか似ているからだろう。  大抵の人はポピュラーな油画を専攻する。もともとこの専攻をする人自体珍しいのだ。その時点で少しは共通点がある。やっていることはほぼ他の専攻と変わらないと思うけど。  ちなみにミナミは彫刻学科で、ツカちゃんはグラフィックデザイン学科だ。それぞれ専攻科目が全然違うけど、こうして寮生ってだけで仲良くなった。 「ハヅキー」  コンコン、と205号室の扉をノックしながら名前を呼ぶ。1回目でハヅキがこの部屋から出てくる確率はほとんど0パーセント。  ゆっくり5秒数えても出てこないのは日常茶飯事だ。  仕方ないので、もう一度コンコンと部屋の扉をノックする。2回目で出てくる確率は50パーセント。 「……たこパですか、」  今度は2秒数えたと同時にガチャリと扉が開いた。ハヅキにしてはめずらしく早い。  私よりも随分と背が高いからか、こてんと首を傾げて壁に体重をかける。 「そう、今日誘ったでしょ」 「どうせツカちゃんしか来てない」 「それはほぼ正解」 「じゃあ僕は不参加でいいですか?」 「ミナミがどーしてもハヅキに来て欲しいって」 「……なんで?」 「ハヅキがぜんぜん心開いてあげないからじゃない? さみしがってるよ」 「えー、そんなことないけど」  ふにゃりとした喋り方。いつも眠そうな目をして、長い髪はセットされずに無造作だ。  でも何故だか絵になるシルエット。顔が整っているというのは恐ろしい。 「いいじゃんたこパ、たのしいよ。今ごろ第1群のたこ焼きは食べられてるだろうけど」 「うーん……」 「何がそんなに嫌なの、暇でしょどうせ」 「イズミせんぱいは僕がいた方がいいと思う?」 「何その質問?」 「せんぱいに委ねようと思って」  私たちが一応先輩だから断りにくいんだろう。ミナミはいつも半ば強制ハヅキを連れてきたがるし。 「うーん、ハヅキが嫌なら来なくてもいいと思うよ。3人でも十分たのしいだろうし」 「……」  来たくないであろうハヅキのために気を使った言葉だったんだけれど、表情の乏しい彼のくちびるがわかりやすく変な方向を向いた。 「……イズミせんぱいはズルイな、それは癪だから行きます」 「えっ、そういうつもりじゃなかったんだけど……」  なんだかむすっとした浅井葉月に背中を押されてミナミの部屋を目指す。この男は本当に扱い方がわからない。 「ミナミせんぱいもほんと懲りないですね」 「まあいいじゃないの、寮生が仲良くなるのはいいことでしょ? わたしたち以外にともだちいないんだし」 「それは心外」 「はは、ハヅキは絵が友達か」 「それはせんぱいも」  いや、そんなことはない。  ミナミの部屋まで2人で歩く。途中、何人か他の寮生とすれ違って変な誤解をされそうになったので、『今日は恒例のミナミの日』とわざと大きめの声で言っておいた。これだけで大抵の寮生には伝わるのだ。 「そういえばさ、ハヅキって出身どこだっけ? 家遠いの?」 「いや、通おうと思えば通える距離ですよ」 「じゃあなんで寮に?」 「ああ、ひとり立ちしたいときってあるじゃないですか」  これは話題をミスした気がする。  浅井葉月は自分の話をあまりしない。そのせいでこいつに関する噂はひとり歩きばかりだ。高校生の時、かの有名な絵画コンクールで高校の部大賞を受賞したことがあるということや、彼の父親が私たちも知る有名なアーティストだということは有名な話だけれど。 「イズミせんぱいは?」 「え?」 「実家遠いんですか?」 「あー、まあ遠いっちゃ遠いけど……通えない距離ではないかな」 「じゃあ同じですね。せんぱいも独り立ちしかたったんですか?」 「いや、そういうわけじゃないけど」  高校卒業と同時に家を出た。大学進学のためというのは名ばかりで、本当はずっと家を出たいと思っていた。そんなこと、やさしい家族には何も言えなかったけど。 「ハヅキは兄弟とかいる?」 「あーいないです。僕、一人っ子なんですよね。小さい頃は友達の兄貴がうらやましくて。せんぱいは?」 「わたしは2つ下に妹がいるよ。今高校3年生」 「あー、確かにせんぱいってお姉ちゃんって感じする」 「うん、よく言われる。可愛げがないって」  これは本当によく言われる言葉で、自虐ネタにもなりつつある。親にも、友達にも、今まで付き合ってきた人たちにも、何度も言われた。素直じゃない、可愛げがないって。まあ、自分でそんなことわかってるからいいんだけどね。 「可愛げがないなんて言ってないのに」 「いーのいーの、自分でわかってるんだから」 「ふうん……」  ふうんとは失礼な。  ハヅキは少し拗ねたような顔をしてスタスタと歩いていく。 「わたしの妹ね、すっごくかわいいの」 「へえ」 「顔ももちろんかわいいんだけどさ、わたしと違って愛嬌があって、なんでもないことでも屈託なく笑うんだよね」  私はどちらかというと笑うことが苦手だ。  小さい頃から絵ばかり描いていたせいか、友達も少なかったし勉強もできなかった。特に大勢の人前で話すことが一番苦手で、なにも言えなくなってしまう。 「わたしとは違って明るくてさ、自慢の妹なんだよね」 「せんぱいもじゅうぶんフレンドリーだとおもうけど」 「大人になった分、社交性ってものを身につけただけだよ。根はいつまでたっても変わらない。ハヅキはなんとなく喋りやすいから話せるけど、話せない人なんてごまんと居るよ。ミナミや妹みたいにはなれないな」 「まあミナミせんぱいのコミュ力は異常ですけどね」
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