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潜入
輸送車に揺られながらぼんやりを装い、俺は今見える範囲の地理だけでも覚えようとしていた。
隣国クラナに一方的に攻め入っているラジロアの中枢都市は綺麗なものだった。レンガの屋根は崩れておらず、道路の石畳に穴もなく、街路樹は大きく伸びて陽光を浴びていた。ただ街ゆく民間人に混ざった見習い魔導士が、攻撃用の魔法の杖と胸当てを着けている事が、戦争の最中だと感じさせた。
俺は傭兵ツェッペリンとして此処へやって来た。クラナの首都へ侵攻した魔導兵たちは、クラナの優秀な魔術師の団結による魔法障壁に阻まれ苦戦を強いられていた。その強固さによってできた誤算が、ラジロアに傭兵受け入れを解禁させる絶好のチャンスを生んだ。
「ようこそ傭兵気鋭団へ! さっそくだが今夜作戦会議を開く。それまで指定された施設で休んでくれ。必要な物資は申し出るか、各自手続きを行って街で調達してくれ」
傭兵に用意された施設は、自国の兵士よりも遥かに良い設備だった。食事は各自でとる他に、料理人のいる食堂があった。しかも施設内での飲み食いはタダだ。ただし酒だけは全面禁止になっていた。内部でいざこざが起きれば、それこそ命とりになるからだ。
傭兵に対しての売りは、厚みのあるベッドと開放感のある大浴場だろう。こればかりはスプリングが背中に刺さるベッドと温いシャワーしかない自国の兵士が可哀そうに思えた。しかしこの施設で多くの傭兵を獲得できたと言っていい。
施設に入ると俺は割り当てられた部屋に向かった。せめて二人部屋かと思ったら、まさかの個室だった。これだけの環境を用意するなんて、次のクラナ戦略に傭兵採用の本気度が伺えた。
魔法戦争は精神力と体力の削りあいだ。護りの魔術師と攻めの魔導兵。どちらにも限りがある。数で圧倒しようとしたラジロアだが、個々の能力が高いクラナに返り討ちにあっていた。そして今度は剣の数で圧倒しようという訳だ。
首都と違い魔術師が少ないクラナ周辺の町には、希少な召喚師が動員され、幻獣を使った民間人をも巻き込んだ無差別な破壊活動が行われていた。
『クラナ領土でのアメジスト鉱脈の発見によって、クラナにおける魔力での独裁から国民を解放する』
確かにアメジストは魔力を高める。しかしラジロアが謳う正当性は、その行動と真逆に思えた。もちろん国内で異を唱える者も出始めたが、その姿は次々と消え去った。そんな戦況の中、次のクラナでの肉弾戦が最後の攻防となるだろう。傭兵が攻め入り魔術師を減らせば、魔導兵の攻撃呪文が一気にクラナを襲う。俺でも簡単に考えられる戦略だが、きっと今夜の会議でもそうなるだろう。今回の戦争でもっとも多くの血が流される。だからこそ俺は、それを好機に変えなくてはいけなかった。
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