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真夜中の訪問者
施設に戻ると、作戦を練るために一旦思考をクリアにしようと解放されたままの大浴場へと向かった。ガランとした劇場並みの浴場でシャワーを浴びると、中央の巨大浴槽には入らず野外浴場というやつに足を向けてみた。
施設の最上階で、さらに野外というだけあって壁も低く屋根もないのは開放的だが簡易的な障壁さえないとは驚いた。
熱い湯に体を浸すと、今だけはいいかと緊張が解けてゆくに任せた。はあーと顔を上げれば、薄っすらと湯気で曇る先に星がチラチラと瞬いていた。この景色だけは誰の物でもないと思いたいものだ。
俺が配置されたウンディーネ陣営の出発は明後日の明朝。つまり明日中に手はずを整えて、夜にはサラマンダー陣営の進軍に注意が向いている間にブロッサム城を攻略しなくてはならない。
チャプンと水音が聞こえ、俺は反射的に息を潜めて白く曇る先に目を凝らした。人影が見えたかと思うと冷たい風が頬を撫で視界が開けた。
「うわああ!」
思わずバタバタと湯を掻いて後退った。そこに真っ白な少女がいたからだ。傭兵ではありえない。だったら精気を吸い取る妖魔だ。
「うわあ、ごめんなさい勝手に入って」
妖魔が声をあげた。
「え?」
「お願いします、見逃してください」
「え。え?」
「え?」
「お前誰?」
妖魔だと思ったのは、少女でもなく驚くほど色白の美少年だった。
「僕は帝王直属の伝令係ヴィンセントです。こんな施設初めてだし、もう誰も来ないと思ったのですみません」
ヴィンセントと名乗った少年は逃げるように立ち上がった。俺は思わず目を反らしていた。
「別に構わないさ。ちょっと驚いただけだ気にすんな」
「ありがとうございます」
再び湯にはいったヴィンセントのこめかみを水滴が転がるように流れた。俺にそんな趣味はないが、その横顔に下半身がむず痒くなった。
「伝令係て、お前民間人じゃないのか?」
「はい。記憶力が良かったので、形に残さず王の言葉を伝えられると命を受けました」
ダンテはこんな少年まで戦に巻き込むのか。
「じゃあダンテに会った事があるのか?」
「いえ。いつもは側近の方から。でも明日は……」
側近とはヘキサシードだろう。目を伏せたヴィンセントの長い睫毛は震えていた。
「明日、何かあるのか?」
俺は聞かずにはいられなかった。
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