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犠牲の行方
ヴィンセントは明日の夜、ダンテ直々に呼び出されたと言う。明日の夜と言えばサラマンダー陣営が進軍するタイミングだ。最終侵攻を前にヘキサシードも通さず、ダンテは誰に何を伝える気なのか。そしてヴィンセントが打ち明けた言葉。
「綺麗な服と体で来いと言われました」
「おい、それって!」
「いいんです。王の言葉を直接聞くと言う事は、きっと伝え終えたら僕の命はありません。その前に僕の体で家族を保護下に置いていただけるんですから」
ヴィンセントは覚悟を決めた気でいるようだったが、俺には諦めとしか思えなかった。
「ヴィンセント。悪く捉えないで欲しいんだが。お前、混同種なのか」
「はい」
男であり女であり、女でもなく男でもない。人によって心と体の組み合わせが違う混同種。きっと不条理な誤解や迫害にあってきたに違いない。
「王は亡き妃さまを蘇らせるため秘術を使ったと噂されます。その時に悪魔を呼び出してしまったのだと……」
「あの傍若無人ぶりじゃ納得いく話だが」
「そんな王から、どんな言葉を預かるか分かりませんが、嘘でも停戦を伝えたいと思ってしまうんです。だからそれを王に懇願してみるつもりです」
「そんな事したら、その場で終わりだぞ!」
ヴィンセントが黙り込み、静寂に梟の声が響いた。俺はヴィンセントを救ってやりたいと思った。そしてこの出会いは好機なんじゃないかとも。
「なあヴィンセント。お前の本心はどうなんだ? ダンテと会ったら、もう家族とは会えない。それで」
「いいわけない! もう、もう、もう!」
ヴィンセントは泣き出して、狂ったように何度も湯を頭にかぶった。自分を諫め納得させるように。
「落ち着いて聞いてくれヴィンセント。俺に考えがある」
ヴィンセントの両肩に置いた手に、俺は力を込めた。触れた肩から伝わる脆さに、自分の心が動かされるのを感じた。ヴィンセントの黒目がちな瞳は、不安の中に期待を宿して俺を見つめていた。
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