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1話 出会ったアイツは後先考えないヤバい奴
12月の年末にかけて、少し忙しくなってきた頃合い。
残業もほどほどに、少し遠回りの帰路へ着く。
商業ビルも多く立ち並ぶ場所で、イルミネーションにも目をくれず、足早に向かった場所。
”ゲームセンター”
ゲームセンターなんて、友達に誘われた時に来るくらいだが、今日は、明確に目的があった。
そう。
”ゆるかわ”のぬいぐるみが、景品として出ているのだ。
「…………」
人気のあるコンテンツだし、この店にその景品が入っていることは確認している。
問題があるとすれば、自分がゲームが苦手ということくらいだ。
ダメだったら、売りに出されたのを買うしかないが、少しだけ、本当に少しだけ、対象年齢が低いだろうし、簡単になったりしていないだろうか。
という淡い期待を持ってきたのだが……
「……うん。ムリそうだ」
見事に、端へ転がって行ってしまったぬいぐるみ。
諦めて帰ろうとした時、ふと目に入った隣の台で、同じようにゆるかわのぬいぐるみを取ろうとしている、ゲームセンターにいるにしては、着飾った格好の女性。
真剣な視線で、丸い体をアームで転がして、出口の出っ張り部分は、少しだけ持ち上げて、その大きなかわいらしい体が出口へ転がり、
「「…………」」
落ちなかった。
出口のところに、見事にハマっている。
確かに、クレーンゲームの台に、出口に入ったら、落ちたとして問題ないと注意書きが書かれていたから、店側もわかっていたのだろう。
うん。すごく見事にハマっている。
うん。かわいい……
ハマっているのが、普通に、かわいい。
写真取りたい……
女性は、取り出し口から手を伸ばしているが、届かないのを確認すると、ため息をついて立ち上がり、驚いたようにこちらを見た。
「あ゛、すみません……店員を呼んできましょうか?」
慌てて笑みを作れば、すごい勢いで首を横に振られた。
「だ、大丈夫です……!!」
そう言って、逃げるように店員の元へ小走りで向かってしまう彼女。
写真、撮っていいか、聞けなかったな……
戻ってきたら聞いてみようか……しかし、不審者だよな。どう考えても。
悩んでいたら、すぐに戻ってきた彼女は、少しだけ驚いたような表情をしていた。
そりゃそうだ。向こうからすれば、何故いるのか、恐怖することだろう。
「……失礼ですが、写真を撮ってもいいですか?」
「へっ」
「そのハマってる様子が、かわいくてですね……」
「あ、あぁ……どぞ……」
素直に答えれば、困惑した様子で頷かれ、不思議そうな表情をしている店員も、ガラス扉を開けたところで待ってくれた。
お礼を言って、素早くいくつか写真を撮り、離れれば、店員もそのぬいぐるみを袋に詰めながら、彼女に渡している。
「すみませんでした。いきなり変なこと言って」
「いえ……」
改めて、先程の不審過ぎた行動を詫びれば、彼女は困惑した表情でこちらを見上げ、そっとそのビニール袋を持ち上げた。
「あの……よければ、どうぞ……?」
「えっ!?」
差し出されるぬいぐるみに、少し動揺しながら、首を横に振る。
貰えるならうれしいが、さすがに初対面の知らない人に、そこまでしてもらうのは、色々な意味で気が引ける。
なにより、彼女だって、欲しかったから、あれほど真剣にゲームをしていたのだろうし。
「いや、悪いですよ!」
「私は、ゲームがしたかっただけですし、それに……」
「それに?」
気まずそうに視線を逸らした彼女は、さらに顔を俯かせ、こちらに聞かせる気がないような、小さな言葉で呟くように答えた。
「会社の忘年会抜け出してるので、これ持って戻れなくて……」
「それは確かに」
なんでこんなバカでかいぬいぐるみを狙ったんだ。
「ホント、これ、どうしよう……」
微かに震えて引きつった笑いを零す彼女の様子は、嘘をついているようには見えない。
そう言われれば、確かに、彼女の服は、仕事着というには、少し華やかな服装だ。
それが、忘年会だったから。と言われるなら、納得もできる。
本当に、なんでそんな状況で、大きなぬいぐるみを狙ったのかはわからないが。
「本当にもらっていいなら、それは嬉しいけど……」
「じゃあ、どうぞ!!」
半ば押し付けるような形で渡してきた彼女の表情は、輝いていて、なんとなく、本当にこの人、何も考えずにゲームしたんだなと、察してしまった。
少々、不思議なことはあったが、予定通り、ゆるかわの景品は手に入れられた。
家に帰ってから、ゆるかわの撮影会に勤しんでいれば、スマホに現れる通知画面。
「アメフラシさんのプレイ配信か……」
超有名というわけではないが、昔から見ているゲーム配信者だ。
再生数を稼ぐというより、本当に好きなことを好きなタイミングでしているような配信者で、顔出しはしないし、生配信も絶対に自分の声は配信しない。
このプレイ配信も、後日、音声付きがアップされるのだろう。
騒がしいタイプではなく、かといって淡々とすご腕プレイを見せるタイプでもなく、本当に隣でゲームをやってくれているようなタイプだ。
そんなゲーム配信が、何故好きなのかと言えば、単にリズムが合うからなのだろう。
ふと、アメフラシさんの配信サイトを開くが、新作動画はアップされていない。
ならいいかと、またゆるかわの撮影会に戻るのだった。
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