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「こんな硬いパン初めて食べたよ!」
リンが無邪気な声を上げるので、デュロイ家のみなは笑い出した。
「リン様、失礼なご発言はお止め下さい」
慌ててジョルシュが止める。
「いいんです、いいんです。どうせ我が家は貧乏なので、高価な食料は買うことができないんです。よく噛めば歯が丈夫になるし、満腹感も得られるから、リンもゆっくりよく噛んで食べてね」
マーサは少しも気を悪くした様子を見せずに微笑んだ。
「デュロイ伯爵はどんなお方なのですか?」
リンがキラキラした曇りなき眼で尋ねる。おそらくどうしてここまで貧しいのか気になるのだろう。
「お父様は……あー、うん、陽気で優しい人よ」
マーサはどこか遠くを見つめている。
「優しいあほんだらとも言えるな、親父は」
ベンジャミンは薄ら笑いを浮かべた。
「優しいけれど経営力が全くないの。次々と騙されて色々な事業に手を出して借金まみれ。借金が発覚してからはお姉様やお兄様、私に相談必須になったくらいよ」
賢くしっかりもののローラは、父親に心底呆れ果てていた。
「はは、とっても楽しいお父様なんだね!」
なぜかリンは、その話を聞いて生き生きし始めた。
「ねぇ、またここに遊びに来ていい?」
「好きなときに来ていいのよ。お屋敷はどこ?心配だから私が迎えに行くわ」
「ホーネストがいるから大丈夫だよ」
リンの後ろに常に立っているホーネストは、異国から来たのか、真っ黒な髪の毛に褐色の肌をしていたが、衣服を着ていても靱やかな筋肉が見えるように逞しかった。
腰には剣を携え、瞳は真っ黒で全てを映し込み、顔立ちは美しく色気も気品もある。
マーサが一時、見惚れてしまうほどだった。
「何て美しいの」
声に出したのはマーサではなく、ローラだった。
「ご、ごめんなさい。はしたないことを言ってしまって。ホーネスト様があまりに美しくて」
「大丈夫よ。みんながそう思っているのだから」
マーサが慰めるように声をかけた。
少しムッとしたようなリンがマーサに尋ねる。
「じゃあマーサは、もしホーネストに求婚されたら受け入れるの?」
「そうねぇ……ホーネストにはもっと若い女性が合うのではないかしら。例えばローラみたいな」
「もう、やめてよぉ、お姉様ったら」
まんざらでもない様子のローラは、どうやら彼が相当好みらしい。
「マーサもローラも婚約者はいないの?」
「ローラはともかく、姉貴は行き遅れ令嬢だよ」
「ベン、やめなさい!」
ローラがたしなめるも、ベンジャミンはへらへら笑っている。
「そう、私は行き遅れ令嬢!でも全然気にしていないの。トマスとマーク、アシュレイが大きくなるまで結婚の予定はないし、何なら一生独身でいいわ」
「お姉様、気持ちはうれしいけど、私はお姉様にも幸せになってもらいたいの」
「それが私の幸せなのよ」
マーサは心からそう思っていたので、にっこりと微笑んだ。
「すごいなぁ。僕大人になったらマーサみたいなしっかり者なお姉さんと結婚したい!」
「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない」
マーサはリンの頭を思い切り撫で回した。
「でしょう?だから僕が大人になるまで待っててくれない?」
「もちろんよ」
「約束ね」
「ええ、約束」
マーサは子どもの言葉だと思い深く考えずに即答したが、リンが満足気に微笑んでいることには気がつかなかった。
それどころかみなで、微笑ましい光景だと二人を見守っていたくらいだ。これから起こることなど一つも予測しないまま……
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