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「……ブタリアン子爵ってそんなひどい人なの?」
リンがポツンと囁いた。
「いえ、大丈夫よ。ひどくないわ。普通の人よ。ただちょっと太ってハゲていて時代にそぐわない考えをおもちで、幼い女の子が大好きなおじいちゃんってだけで、お金はたくさん持っているの」
「僕イヤだ。マーサがそんなところにお嫁に行っちゃうの」
リンの美しい瞳から大粒の涙が溢れ出した。
そういえばいつの間にかマーサのことを名前で呼ぶようになっていた。
マーサはリンを優しく抱え上げると強く抱きしめた。
「これは家族のためなの。みんなに幸せになってもらいたいのよ」
「ヤダヤダ、マーサがどっか行っちゃうなんて」
「いつでも心はリンの側にいるわ」
リンから溢れる涙が止まらなかった。マーサは涙を指で拭き取り、リンの頬に柔らかく口づけをした。
するとどうだろう。先ほどまで柔らかかったリンの体が、マーサの腕の中で固くなり、あれよあれよという間に、マーサが誰かに抱きしめられている様子に反転した。
「え、何?」
マーサが顔を上げると、そこには見知らぬ男性がいた。
恐ろしく美しい、この世のものとは思えない顔立ちだったが、男性だということはかろうじてわかった。
「リンネロ様!お姿が戻っておいでです」
執事のジョルシュが嬉々とした叫び声を上げた。
「え、リンネロ……様?」
マーサの頭に疑問符が浮かぶ。
「リンネロってまさか……」
ベンジャミンが何か思いついたようだった。
「リンネロ・フォイ・シャンガス第一王子……?」
「おっしゃるとおりです。シャンガス国第一王子です。第二王子の派閥に呪いをかけられ、ここまで逃げてきていたのですが、まさかこんな風に呪いが解けるとは!」
「ホント、こんなおとぎ話みたいな話があるんだね」
リンネロがふんわりと目を細めた。
「え?あ、はい、そうですね」
マーサはまだ頭が追いついていなかった。
「愛する人からの口づけって、唇じゃなくても頬でもいいなんてね?」
ふふふ、とリンネロが笑う。
「ホント、ソウデスネ」
マーサはまだ意味がわかっていない。
「大人になったら結婚してくれるって言ったよね?まさかあのブタロリクソハゲ子爵と結婚しないよね?」
「あ、はい、もちろんです?」
「僕も行き遅れなんだけど気にする?もう二十五歳なんだ」
どう見てもマーサより年下にしか見えない美貌だった。
「年齢は全く気にしません、はい。え?結婚って言いました?」
「シャンガスの情勢が落ち着くまでは帰国できないけど、一緒に来てくれるかい?」
「え、いや、でも、トマスとマークとアシュレイが。あとリン……は目の前にいるから、あれ?」
マーサの思考はほぼ停止していた。
「ベンジャミンとローラのことは調べさせてもらったけど、優秀だから問題ないよ。君がいなくなってもちゃんと弟妹たちの世話をしてくれる。もちろん家の借金も全て払おう。君がシャンガスに来てくれることが条件だけどね。僕じゃ不満かい?」
「いえ、まさか!あ、え?」
いつの間にかマーサの祝福モードに変わり、弟妹たちは大喜びだった。
デュロイ伯爵だけはわけがわからず、いつまでもいつまでぽつんと一人佇んでいた。
(了)
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