貧乏伯爵令嬢は弟妹が立派に育つまでは結婚しません

6/6
前へ
/6ページ
次へ
「……ブタリアン子爵ってそんなひどい人なの?」  リンがポツンと囁いた。 「いえ、大丈夫よ。ひどくないわ。普通の人よ。ただちょっと太ってハゲていて時代にそぐわない考えをおもちで、幼い女の子が大好きなおじいちゃんってだけで、お金はたくさん持っているの」 「僕イヤだ。マーサがそんなところにお嫁に行っちゃうの」  リンの美しい瞳から大粒の涙が溢れ出した。  そういえばいつの間にかマーサのことを名前で呼ぶようになっていた。  マーサはリンを優しく抱え上げると強く抱きしめた。 「これは家族のためなの。みんなに幸せになってもらいたいのよ」 「ヤダヤダ、マーサがどっか行っちゃうなんて」 「いつでも心はリンの側にいるわ」  リンから溢れる涙が止まらなかった。マーサは涙を指で拭き取り、リンの頬に柔らかく口づけをした。  するとどうだろう。先ほどまで柔らかかったリンの体が、マーサの腕の中で固くなり、あれよあれよという間に、マーサが誰かに抱きしめられている様子に反転した。 「え、何?」  マーサが顔を上げると、そこには見知らぬ男性がいた。  恐ろしく美しい、この世のものとは思えない顔立ちだったが、男性だということはかろうじてわかった。 「リンネロ様!お姿が戻っておいでです」  執事のジョルシュが嬉々とした叫び声を上げた。 「え、リンネロ……様?」  マーサの頭に疑問符が浮かぶ。 「リンネロってまさか……」  ベンジャミンが何か思いついたようだった。 「リンネロ・フォイ・シャンガス第一王子……?」 「おっしゃるとおりです。シャンガス国第一王子です。第二王子の派閥に呪いをかけられ、ここまで逃げてきていたのですが、まさかこんな風に呪いが解けるとは!」 「ホント、こんなおとぎ話みたいな話があるんだね」  リンネロがふんわりと目を細めた。 「え?あ、はい、そうですね」  マーサはまだ頭が追いついていなかった。 「愛する人からの口づけって、唇じゃなくても頬でもいいなんてね?」  ふふふ、とリンネロが笑う。 「ホント、ソウデスネ」  マーサはまだ意味がわかっていない。 「大人になったら結婚してくれるって言ったよね?まさかあのブタロリクソハゲ子爵と結婚しないよね?」 「あ、はい、もちろんです?」 「僕も行き遅れなんだけど気にする?もう二十五歳なんだ」  どう見てもマーサより年下にしか見えない美貌だった。 「年齢は全く気にしません、はい。え?結婚って言いました?」 「シャンガスの情勢が落ち着くまでは帰国できないけど、一緒に来てくれるかい?」 「え、いや、でも、トマスとマークとアシュレイが。あとリン……は目の前にいるから、あれ?」  マーサの思考はほぼ停止していた。 「ベンジャミンとローラのことは調べさせてもらったけど、優秀だから問題ないよ。君がいなくなってもちゃんと弟妹たちの世話をしてくれる。もちろん家の借金も全て払おう。君がシャンガスに来てくれることが条件だけどね。僕じゃ不満かい?」 「いえ、まさか!あ、え?」  いつの間にかマーサの祝福モードに変わり、弟妹たちは大喜びだった。  デュロイ伯爵だけはわけがわからず、いつまでもいつまでぽつんと一人佇んでいた。 (了)
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加