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再会
「先生、急患です!」
勤務を終え白衣を脱ぎジャケットを羽織ろうと片腕の袖を通したところで声がかかった。
電話を受けた看護師のその緊迫した一言で院内がにわかに沸き立つ。
既に照明を落とした院内の薄暗い廊下に自動ドアの向こうから射し込む赤色灯の回転する光が反射してチカチカと赤く光る。
外でバタバタと慌ただしい音がすると同時になだれ込む複数の足音。カラカラと物凄いキャスターの音を立てながら複数の救急隊に手押され怪我人が運ばれてきた。
ストレッチャーで救急隊に運ばれてきたその男は少なくとも左肩と右腕の2ヵ所から出血していた。顔には古いアザの跡。
脱いだ白衣を掴み慌てて再び袖を通した。
苦しそうに顔を歪める男の顔を見て一瞬、時間が止まったように固まった。
え、樋山…?
*
目の前に横たわるその寝顔は暗闇でも解るほど怖いくらい相変わらず整っていた。
閉じた睫の下の瞳は何を映してきたんだろう。
その少し開いたしゃべることのない唇は何人の愛おしい人の口を塞いできたんだろう。
今にもその目を開けそうなのに、今日もその瞳が開くことはない。
管に繋がれたその体はピクリとも動かない。
電子音が刻む心臓の静かな音が命がそこにあることを唯一示している。
カーテンで仕切られたこの狭い空間にこうして彼と二人でいることが奇跡のように思えた。
僕のすぐ目の前で、確かに彼はちゃんと今も存在している。
ずっと何年ものあいだ見たかった幻想をやっとこうして目の前でみられたようなそんな気分だ…。
ベットのそばに立ち、そのあたたかさを確かめるようにそっと彼の手に触れる。熱が手から伝わってくると、今にも消えてしまいそうだった彼がこうしてそこにいてくれているということを実感し、安堵する。
この綺麗な指先のあいだにはいつもたばこが挟んであった。
君がそれを口許に運ぶ度に僕はその綺麗な指先や開いた唇に見惚れていたなんてことは、きっと君は知らないだろう。
あの頃、君がタバコを吸うのをやめさせたのは僕だったけれど、その君の姿に見惚れていた僕の相反するおかしなその気持が一体何だったのか、今ならわかる。
僕の目の前で横たわる君の動くことのない指先に指先を絡め、親指でその動かない手をさすり、そっと唇を寄せると、今夜も自然と涙が頬を伝う。
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