閉ざした心

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閉ざした心

 朝の回診ではすっかり顔馴染みのもう何日も入院している患者さんとは、なんとか一言二言、言葉を交わす。  毎朝の回診の何が嫌ってそれが一番嫌いだ。人とは必要以上に関わらないようにしてきた。無駄な会話はしない。閉ざしたこの心を覗かれるのも嫌だし、自分に興味を持たれるのも嫌だった。  なのに…。  特にこの、もう何日も入院している口の減らない爺さん…。  彼は時々僕の心の中にまで踏み込んできては余計なことを言う。  仕事に私情を挟むことがないよう常に心がけていた。患者に対しての感情移入はなるだけ避ける。  目を合わせないで話を聞くのは距離を取るため敢えてそうしてるし、同情心にフィルターをかけ決して深入りしないようにしている。なるべく心と体の距離を取るように努める。  そうでもしないと僕の心は…。  それゆえ気が付けばいつしか冷徹な人と言われるようになった。誰にも心を開かない。  一番身近にいる僕の妻である彼女にさえも。  厄介なのは。  そこに土足で踏みいってくる輩だ。この爺さんみたいに… * 「先生は独身じゃない。でも、密かに好きな人がいるよな?」  こういう人をまともに相手をするのは疲れるし、下らなすぎて相手をする気にもなれない。 「さあ、どうですかね。ご想像にお任せします。」  そうやって聞き流し、適当に交わしたつもりだった。こういうめんどくさい人は一定数いる。 「その様子だと当たりだ。」  勝ち誇った顔でこっちをみてくる。  無意識にまたいつものように左手薬指を擦っていた。 「おや、そんな顔して。そっちが本命って訳か?」 「どうでしょう。」  本当に煩わしい。こういう人が一番嫌いだ。 「はー、否定しない?そうきたか。知られたくない存在ってやつだ。決して手を出してはならない人、もしくは叶わぬ存在、それとも、侵してはならない領域の人。」 「さて。どうでしょうね。」 「それを必死に隠してる…」 「は?」  一体何がしたいんだ。 「ほう、やっとそんな反応を見せたところを見ると、もう侵してはならない領域に足を踏み込んでいるな?」  ヘラヘラとニヤついていた顔がいつしか真剣な顔でこっちの様子をうかがってた。 「はい、心音聞きますので少し黙っててくださいね」  話を逸らすかのようになんでもない顔で今すべき事をする。 「やっぱり相手は…あの男ってわけか。」  一人で納得してる。なんなんだよ。 「ちょっとお静かに…」  少しイラつきながら聴診器を当てる手付きが思わず乱雑になる。  そもそもなんでそうなる…?そんなところ微塵も見せたつもりはない。しかもそんなのもう十何年も前に心の奥のひと目につかないところにしまいこんだのに。誰にも気づかれずに。 「それで?その閉ざした心の中で今、気になってるのは突き当たりの部屋の男だな。違うか?」  勝ち誇ったようなドヤ顔でこっちを見てくるその顔は歯がところどころ抜けていてなんとも間抜けな表情だ。けれどその目は眼光鋭く何かを見通すように光る。
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