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それがなんだったのか解らなかった
「今日もまだ目を開けねぇのか」
朝の回診でまたあのいやな爺さんがそんな風に聞いてきた。看護師が体温を計りながらバインダーに書き込んでる間に仕切りにここぞとばかりに話かけてくる。
「そうですね。何でです?彼とはお知り合いとかですか?」
また適当にそうやって話を受け流すつもりだった。
「それはあんたの方だろ?ずっと気にしてる…」
は?今の、どういう意味だ?
「それはもちろん、私の患者さんですから気になるのは当然です。」
「そうじゃないだろ?え?」
「はい?」
「あの男とは知り合いなのかって俺が聞いてんだ。あの男が運ばれてきた時、あんたの様子、動揺してておかしかったもんなぁ。名前呼んでたろ?」
「そうでしたか?呼んでました?」
「なんだそりゃ、無意識かい。それにしてもべらぼうにいい男だったよなぁ。映画かなんかに出てきそうな主役級俳優の雰囲気だ。」
「いい男、ですか…」
「あぁ。昔…、俺が恋した奴に似てんだ。全く相手にしてもらえなかったけどな。あいつ今頃どうしてるんだか。そういえば君ぐらいの年頃の息子がいるって言ってたな。」
そんな話を聞いたせいか、なぜかあの頃のあのシーンがいきなり甦り頭のなかに映し出された。
*
高校生の頃。樋山がまた突然学校に来なくなった。心配してあいつの家にいくと怪我したあいつがいた。
けれどそこに一緒に住んでいるはずの彼の母親も、再婚したはずの父親も、その連れ子の姿もなかった。
部屋にいたのはあいつによく似た柄の悪い年配の男だった。酒に酔って焦点があってなかったあの顔が今でも忘れられない。
鬼の形相でこっちを睨んできた男は彼の父親だった。昼間から酒に酔ってわめき散らし、そこらじゅうの物を床や壁に投げつけ、僕の目の前で怒りに任せて踞る樋山の背中や腹を何度も蹴り上げ、髪の毛を引っ張った。
「どこだ、あいつはどこに行った?隠したって無駄だぞ。かならず見つけ出してやる。」
母親の居場所を教えろと仕切りに怒なり物を壁に叩きつけた。
「お前のことはあいつになんかやらない。俺を見捨てようったって無駄だからな。逃げようなんて思うなよ」
とにかく恐ろしかった。なぜか黙って動きもせずにおとなしくやられてる彼の背中を、無我夢中で覆うようにしてしがみつき、その背中を庇うと、肩を掴まれ引き剥がされた。
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