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「おい、邪魔だクソガキ。どいてろ。」
後ろ向きに突き飛ばされその勢いで体がぐらつき、ガラス扉に向かって背中から倒れるように体をよろめかせ、突っ込んだ勢いで割れたガラスで手の甲を切った。
「クソッたれが…」
暴れて収拾のつかなくなったその男がわめきながら部屋を出ていくその後ろ姿を呆然と立ち尽くしたまま見送った。
子供だった僕にはあの時どうすることも出来なかった。なにも出来ない自分を責め随分長いことその事を引きずった。
黙って耐えてる彼の背中をただ優しく撫でることしか出来なかった。
「なんでやられっぱなしなんだよ。」
「こんなんでクソ親父の気が済むんならいい。母さんから少しでも目をそらせられるなら。いつもああやって俺に八つ当たりして気が済めば帰って行くんだ。だから母さんや他の奴をやるくらいなら…」
こうやって彼なりに、お母さんのこともお父さんのことも、守ってやってる。
「それより、お前…それ…。」
顔を上げた彼が気がついた。僕の手の甲の傷に。
こんな時だって言うのに、僕を見つめる樋山のその目は凄く優しくて慈悲深かった。
「ごめんな。ホントごめん。俺がお前に近づいたばっかりに。こんな目にあわせてお前を巻き込んでホントごめん」
踞る樋山が申し訳なさそうな顔で僕に謝ってきた。いつもみたいにその整った綺麗な顔を傾けて切なそうに語りかけてくる。
「違うよ、自分の意思で来たんだ。心配だったから…」
切ない顔でこっちをみ上げてくる彼と見つめ合う。彼が黙ってこっちをみつめたかと思うと、突然僕の手の甲の傷口に唇をそっと寄せてきた。
「ち、ちょっと…な、なにするんだよ…」
「血が…出てたから…」
少しだけ照れたような気まずそうな顔でちからなく笑いかけてきた。
彼のその切なそうな目を見たらなぜか僕の心臓がバクバクと音をたて始めた。
こんなのただ、血が出たからその傷口をなめただけだ。きっとそうに決まってる。
これは、キスなんかじゃ、ない…。
彼の口の横に僕の血がついていた。
無意識に僕は手を伸ばし指先で彼の唇の横をなぞった。するとその手首をグッと掴まれ無言でまたこっちを見つめてきた。
その吸い込まれそうなほど綺麗な瞳に見つめられ息が詰まる思いだった。
動けずにじっとしていると彼が僕を見つめるその視線を外さないまま、その僕の指先についた血をペロリとなめた。
その粘膜の滑った感覚に、ゾクリと体の奥が震えた。喉の乾きを覚えゴクリと呑み込む音がやけに響いた気がした。
その唇やその瞳があまりにも妖艶でエロティックで僕はもう目が離せなかった。彼はこんな時でさえとても綺麗だ。
黙って見つめ合ううちに…。
思わず僕も…。
無意識にその唇に引き寄せられ、惑わされるかのように自分の唇を彼のその綺麗な唇に寄せていた。
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