それがなんだったのか解らなかった

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 彼はそんなおかしな僕の行動に驚き、大きく目を見開いてそのままの格好で僕にキスをされながら何度も瞬きをして固まっていた。  ハッとして我に返りとび跳ねるように彼から離れるとあわてて言い訳をした。 「ほ、ほら、口に血がついちゃったから…」  彼は黙ったままそんな僕を不思議そうにじっと見ていた。 「僕は全然大丈夫だから。もう帰るね。あ、ちゃんと戸締まりしろよ?」  アタフタと無駄に動き、みのまわりのものを手当たり次第に探り、ついていないホコリを払うような真似をした。 「あ、あぁ。救急車呼ばねぇの?」 「平気だよ。だって僕の父さん医者だよ?僕んちクリニックだよ?」 「けど、内科だろ?お前の親父。」 「平気だよ。こんなのきっと、なんとかなる。」  すると僕の手をグイッと掴み自分も怪我してるのに僕の手の傷を心配して、そばにあったタオルでおさえぐるぐる巻きにして止血してくれた。 「怪我の手当てしてやりたいけどうちには手当てするものなんかなんもねぇや。」 「いいよ、いいって。大丈夫。」 「けどさ…。」 「ホント大丈夫だから。だって救急車なんか呼んだら君のそれ、なんて説明するの?親父にやられたって?」 「あ…。」  あの時の樋山の父親を心配してる顔が忘れられない。あんなことをされたのにそんな時でさえ、あんな父親を思う樋山の優しい顔をなんとも言えない思いで僕は静かに見つめていた。 「僕のことは平気だから。ね?」 「じゃもう早く帰れ。帰ってそれ、早く親父になんとかしてもらえよ。」 「樋山こそ、大丈夫?背中とか、おなかとか、痛くない?」 「平気だよ、こんなのいつもの事だし」 「いつもの事ってさぁ。」 「いいから、ほら、血…」 「じゃあ帰るよ?」 「うん。」 「明日はちゃんと学校に来いよ?」 「あぁ…、わかった。」 「絶対だからな?」 「おう…。」  それが彼と交わした最後の会話になるなんて、その時は思ってもいなかった。  それから次の日もその次の日も、彼の机は空っぽのまま。彼の席に彼が現れることは二度となかった。  あの時の彼のあの唇が何を意味するのかも、僕はあの時自分がどんな気持ちだったのかも、あの時はわからなかった。
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