譲り受けた畑で

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 僕の通学路には荒れてきている畑がありました。 「あそこの畑って治一郎さんの畑だよね」  晩御飯の時にサラッと訊ねたのに、両親は顔を見合わせて数秒の沈黙。 「そうなんだけれど。もう治一郎さん高齢で病気もあるし出来ないって。それで家に相談に来たのよ」  出来れば岳斗に畑を譲りたい。小さいうちから岳斗の面倒看てくれたでしょう。それが嬉しかったからって。 「最近、治一郎さん具合悪いの?」 「うん、入退院を繰り返していて。家にいる時は、おばあちゃんや私が様子を見に行ってるのよ。岳斗には元気な姿で会いたいって黙っててくれって」  岳斗は譲り受けても手伝える時に畑に来てくれたら良い。時々、手伝ってくれたら良いから、と母さんが言った。  治一郎さんは奥さんと離婚。3人の子どもたちも独立して、もうここ何年も家に来ていないらしい。僕も姿を見た事もない。 「息子さんたちや親戚の人とかは」  私とお父さんが息子さんたちに連絡したわ。いらないって連名の手紙が来たの。色々あって治一郎さんとの生活を子どもたちは選択しなかったから当然かもしれない、と言いながら涙ぐんでいた。 「表向き岳斗が譲り受けて、私たちと横本さんと共同農園の話も考えているのよね」  横本さんは先月、引越して来た50代の夫婦。引越して来たと言っても、横本さんの旦那さんの実家は我が家から徒歩30秒ほど。父さんと旦那さんは幼なじみ。治一郎さんも知っているし、だから共同農園の話が出たのだろう。 「治一郎じいちゃんは、この土地を愛している。畑を見たら元気になるだろうな」  父さんが言った。そうだろうと思う。中学生で部活を始めた僕も、2年生まではずっと田畑の手伝いをしていた。祖父母や両親が忙しい時は僕と姉の面倒を良く看てくれていた治一郎さん。父さんの言葉に頷いて検討するからと言った。  部屋で勉強していて英語で行き詰まり、立ち上がった僕は机の横の窓を開けた。 「岳斗、草取りいっぱい有難う。もうすぐ西瓜が収穫出来るし野菜も大きく育ってくれたからな。一緒に食べるぞ」  僕は家の下を見た。今は町の病院にいるはずの治一郎さんの声が確かにした。  でも当然ながら、窓の右側に見える治一郎さんの家は真っ暗だし、下を見ても人はいない。なぜだろう。治一郎さんは僕に畑を譲りたくてメッセージを残したのだろうか。  高校生になった僕は治一郎さんの家で時々、泊まりながら生活している。僕が高校合格報告をしてすぐに、ずっと会えなくなってしまった治一郎さん。だから役場の人は来ないし、母さんか祖母が風を通す時に入るだけ。だったら母さんや祖母の負担を少しでも軽くする為に、僕が時々は泊まろうと思ったので。  結局、この頃にはもう治一郎さんの思いを無駄にしないよう畑に出ていた。治一郎さんが僕に畑ノートを書いてくれていたのでその通りに。部活などの用事の時は父さんたち大人が手を入れてくれている。本当に共同農園みたいになっていくと思う。  皆で協力して助け合う力を育て、野菜や果物を育てていきたいと思っている。    図書館で野菜の本を手にしようとしたら、真横で何度も頷いている男子発見。 「何だよ雅詞」  雅詞は矢才雅詞。同じクラスで一緒に農業などを学ぶ1人。矢才という苗字の通り野菜愛が強く人一倍研究熱心な男子。 「噂聞いた。畑やってるって。今度で良い、その畑に僕を招待してくれ。その本を一緒に読もう」  雅詞は真っすぐ僕を見つめてくる。逸らしたら申し訳ないくらいキラキラ輝いている両目で。 「あーいたいた。岳斗君の邪魔していないでしょうね」  声をかけてきたのは雅詞と並ぶ野菜女子の伊駒利理。転校して来た彼女は僕と違いクラスの人気者。 「してません。で利理はなぜ図書館に?」 「雅詞が怪しい動きで岳斗君を尾行しているから気になって。来たついでに小説でも借りようかと」  雅詞がニコッとして利理さんの手を握る。すぐに払いのけるのかと思ったら握られたまま。 「何か頼みたいんでしょ」 「そう。岳斗が面倒看てもらった人の畑を譲り受けました。そこで人手がいるだろうと思い協力を申し出た僕。利理もどうでしょう」  何を言っているんだ雅詞。週末に利理さんを畑に呼ぶなんて。そんな事をしちゃダメだ。利理さんはショッピングとかしてほしい僕。 「雅詞、利理さんはそういう」  僕がい言いかけたその時だった。 「良いよ、私も協力する。何か達成感のあることをしたかったのよねえ。2人とも宜しく」  こうして2人の助っ人登場。両親と旅行帰りの祖父、そして祖母と横本さん夫婦に報告。  なぜか雅詞が治一郎さんの孫で次男の息子と知って衝撃を受けたのは、この数分後の事だった。初めて3人で畑に入ったその時だった。  両親と祖父の不仲にずっと付き合わされて、とても迷惑していたらしい。それでずっと僕に言えなかったらしい。             (了)     
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