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AWAKE
「九十日です。今日を含めて」
まだ私の左腕はただそこにぶら下がっているだけの感覚しかない。
「もちろんその前に殺してしまえばそこまで。一日目でも、八十九日目でも」
酔ってリビングにすら入る前のフローリングに寝そべって三時間眠っていた。左腕を腕枕に。
「名前は付けてもいい。付けなくても、そう思案する前に終わらせてもいい」
痺れてはいない。ただ感覚が全くないだけなのが気持ち悪い。力も入らない。
「これは試練ではありません。ましてや好機、機会、選択でも」
右手で左手を掴み持ち上げてみるが、右手には確かに「何か」を掴んでいる感覚があるのに左腕には掴まれている感覚がない。
「ただの事象であり、現象。あなたが生きて死ぬまでに現れた理のひとつ」
手を離すとだらりとただの肉の塊になる左腕。「柔らかい腕だ」と、サルバドール・ダリの不自然な地平線との距離感に置かれた箱に垂れ下がる自身の腕を想像して悪寒が走る。
「難しく考えないで。あなたがかつて育てられたように、あなたも同じように育てればいいだけ」
その左腕の先端についている左手。何かを握っているようだとは目を覚まして暫くしてから気付いたのだが、脳からの信号も伝わらず「開け」という命令も届かない。
「ただこれだけは忘れないで。貴方もまだ『育てられている』最中なのだということを」
仕方なく右手で左手の指を一本ずつ広げてゆく。
ああ、そうだ。私は夢を見ていた。不思議な夢だ。
九十日間育てろ、とか言われていたが、細かいことは息を吐く度に記憶から消えてゆく。
「これを育てろってこと?」
私はその滑稽さに左手に握られていた物を手放した。すると徐々に手の痺れもなくなってきた。
床に転がったそれは、私にとっては後悔の成れの果てだ。芽吹くのはきっと悪意に違いない。こんなものを育てたら私が滅ぶだけ。そう思えた。
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