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アイスピックで突き刺して
私の両目をアイスピックで突き刺して、ご飯を毎日食べさせてくれて、抱きしめてくれる人が良いの。
咲季は僕にそう言った。確かにそう言った。耳を疑う、僕は今咲季に煌びやかな東京にある静かな公園でのプロポーズをしているはずだ。プロポーズといえば、「はい」か「ごめんなさい」だろうと思っていた僕はふいをつかれ、なんの言葉も出なくなってしまった。
「…あの、嫌だったならちゃんと言って」僕がそういうと、咲季は僕の目をじっと見つめた。恐ろしい目だと思った、殺されるかもと、だが、瞬時にその目には涙が浮かび、その涙は東京の光を朧げに反射する彼女の頬をつたった。「…わかんないんだよな…」僕は呟く。「三年間も付き合って、わざわざ美大通うために山形行ってさ、そこで会った人にさ、俺は恋したわけ。」咲季は僕の目を見続ける。「わけわかんねえと思ってたよ、金もないのに行った飲み会で会った時から。でもさ、なんでかわかんねえけど惹かれて、もうそれが自分でもどうしようもないやつで、アタックして、OKもらって、さあ、なあ、俺で良いのかなとか、さあ、あの時も、あの、あつ、暑い日とかさあ。」いつのまにか僕の目からも涙がボロボロ出てきた。
「東京に私も行くって咲季が言ってくれてさ、俺ほんとに嬉しかったんだよ、まじで、あー俺ちゃんと咲季とずっといられるんだって、咲季もちゃんと見てくれてたって」
手で涙を拭う。「…さあ。」そして2人の間には僕の嗚咽だけが残った。なにか話そうと思っては、消えてゆく。だがどんな考えが浮かんでくるかといえば、大抵は「こんなことを言って咲季を失いたくない」というもので、その後すぐ「こんなわけのわからないことをしているならはやくこの女を切れ」となり、そのあとはもうぐちゃぐちゃになる。
それを体感2分くらいの間に繰り返し、気づいた時には咲季は消えていた。僕は右手に握った婚約指輪のケースに久方ぶりに気づく。少し歪んだそれを、僕は地面に叩きつける。
それをじっと目つめて、そこに涙の水溜りが出来たことに気づき、僕は咲季が先に帰っているかもしれない自分達の家へ足を向けた。1.2.3歩と進み、少し振り返って指輪を拾うか悩んで結局そのまま帰った。2023年の晩夏の夜のことだ。
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