アイスピックで突き刺して

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家の少し古ぼけたドアノブを回す、鍵の抵抗を感じる。鍵をさし、回し、ドアを開く。この鍵の音を合図に、ナーコはいつも走り寄ってくる。正確に言えば、人がこのマンションの階段を上がってきている足音を聞き、その時点で僕や咲季の存在に気づいて動き出すらしい。「猫って頭いいよね、素直じゃないくせに。」と、咲季はいっていた。ナーと鳴くからナーコ、猫のナーコは、去年上京したての咲季が保健所から連れてきた。2人とも同棲を始めててんてこ舞いだった時期に連れてきたものだから初めは少し面倒だと思っていたが、今ではすっかり猫派になってしまった。玄関の明かりをつけ、ナーコを持ち上げる。先程まで眠っていたようで、頭のてっぺんに少し寝癖のようなものがある、僕はそれを撫でる。しばらく撫でながら暗いワンルームを見て、この猫にナーコと名付けた一年前の咲季の顔を思い出す。「見て!猫!」そう言って笑った咲季の顔を。咲季が心から笑っていると思ったのは、3年間でそれだけだったような気がする。ナーコは抱っこを嫌うタイプの猫だが、今日は妙に抵抗せず、僕の腕の中でゴロゴロと喉を鳴らし始めた。普段はツンツンしているくせに、人の気分が落ちている時には大人しく受け入れてくれるのが猫という生物なのだと思う。僕はナーコの気分を害さないようにすり足でリビングの方へ行き、電気をつけた。すると驚いたことに、いた。寝ている、ベットで咲季が。「寝てる?」と聞いたが返事はない。咲季は毛布にくるまり窓のほうに体を向けて寝ていた。僕は唾を飲む。ナーコに腕を噛まれ、餌が入っていないことに気付いたのでまず降ろしてやり、それから部屋の電気を三段階あるうちの2段目、オレンジ色の薄明かりにし、ナーコの好きな高級ブレンドカリカリを少しこぼしながら餌皿に入れてやると、彼女は猫らしく食べ始めた。高級カリカリ、いや僕達の生活は決して豊かではない、2人とも働いているし、貯金はまあ無いと言っていいくらい。そもそも東京に帰りたいと言ったのは僕だったものの、何か確固とした理由があったわけでもなくただ「東京」で生活したいと言っただけだったので、咲季がついてくる時も深くは考えていなかった。まあそう言った状況であったので、尚更猫にお金を使う理由はないはずなのだが、見たように高級品を食べさせている。猫というのは罪な物で、簡単に人から愛され、貢がれるのだ。ナーコがはぐはぐと食べているのを見つめていると、視線を感じ、その方向を見た。咲季が体をこちら側に向け、毛布を口までかぶさり、目だけで僕の方を見ている。暗い部屋に響くのはナーコの食事音のみ。分厚いカーテンによって僕たちの部屋は外界から隔離されている。 「さっきあげたのに」咲季の声がする、僕はそれに自分でも驚くほど自然に受け答えをした。「ほんと?太るぞナーさん」そう言いながらナーコを撫でる。「ナーちゃんは丸々しながらおねんねする生物だからね」咲季は言う。僕は撫で続ける。そうして体感1分ほどたったくらいで「風呂入るね」そう言い、「ちょっとお湯足してね」と、咲季は返してきた。僕は風呂場のドアを開け、閉めた。そして風呂へ入り、あがったら寝巻きに着替えて咲季のねむるベットへと入った。その時、おやすみと言ったが、返事はなかった。 僕は日常を食むことを決めたのだった。
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