01.天使の揺籃

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 部屋の外には、一本道の通路が伸びていた。石壁にはうっすらと苔が生えている。壁に等間隔に設置された燭台の上で、頼りない火が揺れていた。 「なんだあいつは!」 「化物のいる部屋から出てきたぞ!」  背後から聞こえた声に振り向けば、鈍色の鎧を身につけた者たちが駆けてくる。兵士だろうか。彼らの腰には剣と銃が見て取れた。 「まさか、死天使か!?」 「人間みたいな表情しやがって、気持ち悪ぃ」 「話はあとだ! 捕らえるぞっ!」  銃を引き抜いた兵士に顔を歪ませて、フェイヴァは前方に走り出した。 (どうして……どうしてこんなに怖い目に遭うの!?)  自分は何もしていない。気味の悪い化物がいる部屋で目覚めた。ただそれだけなのに。兵士たちはフェイヴァを捕らえようとする。黒衣の少年はフェイヴァに大剣を振るった。 『刃の欠片と人の肉が体内で分解され、全く新しい物質となり形造られた、天使よ』 (違う! 私は、私は……あんな化物とは関係ないっ!)  目が覚めるような激発音が背後から飛んでくる。はっと意識が現実に引き戻された。  気がついたときには、足が床を離れていた。身体に、力が入らない。フェイヴァは頭から床に激突する。剥き出しの脚が床を擦る。 「っ!? ぐああっ!」  何かが肌を突き破って、体内に侵入してきた。これはおそらく――銃弾だ。背中を撃たれた。自覚したと同時に激痛が突き上げてくる。顔をしかめながら、フェイヴァは振り返った。  ひとりの兵士が銃を水平に構えていた。引き金と一体になった取っ手を前に押しだし、空薬莢きを排出する。 「観念しろ、鉄屑」  兵士の後ろで剣を抜いたもうひとりが、雄叫びを上げながら肉薄してくる。 (殺される……!)  フェイヴァは恐怖を吐き気のように催した。立ち上がり避ける時間はない。苦しまぎれに片手を前に突き出して、兵士の身体を押し退けようとする。  掌は予想以上に強い手応えを返した。瞠目したフェイヴァが見たのは、今まさに壁に激突する兵士の姿だった。足下がかすかに揺れるほどの衝撃。兵士は苦悶の表情を浮かべた。 (手で押しただけなのに)  現実離れした出来事に、自分に向けられた銃口を認識するのが遅れた。脇腹を撃たれ、フェイヴァはうずくまる。悲鳴を上げることすらできない。歯を噛みしめる。唇がわななく。  背中と脇腹から、生温かな液体が流れ出していた。白衣が赤く染まっていく。激痛と恐怖に、身体から力が抜けていく。 「やっぱり失敗作だったか。おい、こいつぶっ壊しちまおうぜ」  銃撃した兵士が、壁にぶち当たった兵士に呼びかけた。鎧が激突の衝撃を緩和してくれたのか、彼は立ち上がると頭を振って意識を明瞭にしたらしい。切っ先をフェイヴァに向けて構える。 「舐めた真似をしてくれるな。人間に消費される下等な存在が」 「違うっ!」  力の限り叫んだ。殺意を露わにする兵士よりも迫りくる死よりも、化物だと、失敗作だと罵られるほうが怖かった。  それは、それだけはどうあっても許容できない。 「私は、人間ですっ!」 「こいつ、頭がおかしいのか?」 「貴様が人間だと!? 機械の分際で、人間と同等だと主張するのか! その傷を見てみろ! それでもまだ自分が人間だと言い張るのか、この化物がっ!」  銃口を突きつけた兵士に指摘され、フェイヴァは身の内を駆けていった衝撃に目を見開いた。 (……まさか)  祈る思いで、血を流す脇腹に目を向ける。肉が抉えぐられて、胸が悪くなりそうなほどに赤い色が見えている。 (私は人間だよね!? そうだよね!?)  脇腹の傷から覗いていたのは、青みがかった骨格。血に染まりながらも、硬質な輝きは失われることはない。  すがろうとした事実は、幻だった。  肉と皮膚が機械である証を隠し、生みだされたのがフェイヴァだった。外見だけならば人間と変わりない。しかしその実は、紛れもない機械。  名前がない人間はいない。過去がない人間はいない。テレサが言った通り、自分は人間ではなかったのだ。
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