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『これではまるで人もどきではないですか。ああ、なんと気持ちが悪い。出来損ないのごみですね』
(……私は、化物)
銃創が発する激痛は、意識から取り除かれる。代わりに、激しく流血しているかのように胸が痛んだ。
(……もう、どうでもいい。どうなってもいい)
「フェイヴァ!」
誰かが名前を呼んでくれたような気がした。悲痛な叫びは、失いかけていたフェイヴァの意識を現実に繋ぎ止める。
「テレサ博士!」
「一体何を」
兵士が口々に叫ぶ。彼らの言葉に次いで、硬質なもの同士がぶつかり合う音を聞いた。
間近で床を踏みしめる靴音。フェイヴァはゆっくりと顔を上げた。
テレサが立っていた。走行の妨げになるからか、彼女が穿いている踝くるぶしまでの長さのスカートは、縦に裂かれている。
テレサによって卒倒させられた兵士たちは、壁の横に折り重なって動かない。
テレサは今にも泣きそうに眉間にしわを寄せると、フェイヴァの傍らに膝をついた。
「ごめんなさい。私がもっと早く追いついていれば、こんなことには」
フェイヴァの肉体的苦痛と精神的苦痛の両方を共有しているかのように、テレサは瞳をうるませた。傷口からにじみだす赤を目にしたのか、顔を痛々しく歪める。
「少し痛むけど、我慢するのよ」
脇腹に裂かれるような痛みが走って、フェイヴァは呻いた。背中と脇腹にめり込んだ鉄の弾を、テレサが取ってくれたのだ。役目を終えた弾が床に落ちる。
「……あなたは、なんなの?」
傷口を痛ましそうに見つめていたテレサは、フェイヴァの声を受けて振り向いた。真剣な眼差しには、ごまかしも同情も見当たらない。
「私はこの施設の兵器開発責任者なの。私が中心となって、天使の揺籃を使ってあなたを生み出したのよ」
「……どうしてっ!? どうしてこんな身体にしたのっ!?」
人間と変わらない容姿にもかかわらず、人とは違う金属の骨格で造られたこの身体。深すぎる懊悩と悲嘆を背負うことを、テレサは想像していなかったのだろうか。
「あなたを……人間として生んであげられなくてごめんなさい。けれど私は、あなたを生み出したことを後悔してはいないわ」
なんて残酷な人なのだろう。
「……そんなの、勝手だよ……」
テレサはそっと目を伏せる。
「……そうね」
軽く屈んで、テレサは力強くフェイヴァの肩を掴んだ。
「よく聞いて。ここにいれば、あなたはディーティルド帝国の兵器として戦場で人を殺すことになる。あなたを安全な場所に連れていくわ。……私を、信じて」
高い音色が響き渡った。倒れた仲間を発見した兵士が笛を吹き鳴らしたのだ。笛の音は石壁に反響し、頭の中身を直接揺らされるようなびりびりとした振動を感じた。
テレサはフェイヴァの腕をぐいと引くと、駆けだした。
テレサに反発し、手を振り払うこともできただろう。しかし、フェイヴァはもう、そんな気力さえ持てなかったのだ。彼女の掌から伝わってくる力強さは、生に対する渇望を感じさせる。励ますような掌の温もりも、虚しいだけだった。
(こんな身体じゃ……生きていけない)
テレサに手を引かれて、フェイヴァは足を走らせる。彼女は外に出るための術を心得ているのか、迷路のように張り巡らされた通路を、迷うことなく進んで行く。
笛の音が響き渡り、どこに潜んでいたのか、大量の兵士が押しかけてきた。皆手に剣や銃を携たずさえ、フェイヴァたちに攻撃をしかけてくる。
テレサの右手に、可視できる気体のように光が宿る。彼女は先頭で銃を構えていた兵士を殴りつけた。女の腕とは思えないほどの威力が生み出され、兵士の身体は軽々と吹き飛んだ。眼前の兵士たちは、その常識外れの光景に驚愕を露わにする。
困惑と戸惑いが、兵士たちの動きを一瞬止めた。
「怪我をしたくなければ、そこを退きなさい!」
テレサは進路を妨害する兵士を、文字通り殴り飛ばしていった。
兵士が間近で振り抜いた剣は拳を打ちつけて弾き、銃口から放たれた弾は彼女の身体に到達する前に、壁に阻まれたように止まった。光の盾がフェイヴァたちの周囲に展開する。テレサに傷をつけられる者は、誰ひとりとしていなかった。
力業で道を開き、テレサは足を止めることなく駆け去った。
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