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 試合は緊迫した展開となり、ついに九回。  5-6と一点ビハインドで、ツーアウトながらランナーは一塁。バッターは四番、中洲。ホームランが出れば逆転サヨナラの場面で、最高のバッターに回ってきた。スタンドの応援団がにわかに勢いを増す。  初球。相手投手の力を入れた豪速球が、中洲の頭に向かいすっぽ抜けた。 「危ない!」  ベンチとスタンド両方から悲鳴が上がる。しかし中洲は、天性の超反応で身体を捻り、紙一重のところで頭部直撃を回避する。  それが仇となった。避けた拍子にバットのグリップに球が当たり、反動で中洲の右手の爪が割れてしまったのだ。患部を押さえてうずくまる中洲に、ベンチから数名が駆け寄る。苦悶以上に悔しさを滲ませた形相で中洲はベンチへと退く。  数分の治療中断の後、プレー続行は不可能と判断された。先ほどの一球はファールボール判定のため、ワンストライクから代打が出されることとなる。 「植原、行けるか?」 「はい」  俺は即答した。バットを持ち、グラウンドに向かう。 「植原」監督が後ろから俺を呼び止めた。 「お前は確かに、十年に一人の不運な男だ。だが、誇っていい。お前は逃げなかった。お前はうち以外のどのチームでもレギュラーを張れる、最高の補欠(バックアップ)だ。自信持って行け」  俺はもう一度気合いを入れて「はい」と答える。 「植原先輩」  ベンチの最前列。中洲がいつかと同じ、捨てられた子犬のような顔でこちらを見ていた。  そんな顔するな。馬鹿。  俺は大きく頷いて、今度こそ打席に向かった。  打席に入り、投手と向き合う。相手が十年に一人の天才から無名の補欠に成り下り、些か余裕を取り戻したようだ。  ーーコツンと当てただけの単打(シングルヒット)なんて今は要らない。狙うのは、一発でランナーを返せる大きいのだけ。  思い出せ。中洲のバッティングを。球を遠くに飛ばす理屈を。今まで散々見てきたはずだ。  勝負はあまりに呆気なく決まった。甘く入った直球、 「舐めんじゃ、ねぇ!」  ボールの真芯より少し下にバットを潜り込ませると、バックスピンのかかった打球はぐんぐん伸び、そのままレフトスタンドに突き刺さった。  逆転サヨナラツーランホームラン。  スタンドから大歓声が上がり、ベンチから仲間たちが飛び出してくる。俺は噛み締めるようにダイヤモンドを一周し、ホームベースを踏む。 「うえ゛はらぜんぱーい!」  最初に駆け寄ってきたのはもちろん、馬鹿みたいに泣きじゃくる中洲(ポメラニアン)だった。俺もまた涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、可愛い後輩にヘッドロックをかけてやった。
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