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我が部では通常、一年生は夏前まで筋トレ中心のメニューが組まれる。特に入部直後は、ボールさえ満足に触れない。
ところが十年の一人の天才には通常なんて言葉は適用外らしく、中洲は初日から上級生に混じりノックを受けることになった。俺は贔屓に納得いかない感情を覚えつつ、中洲と二人でポジションにつく。
「サード! 行くぞ!」
監督が唾を飛ばし、ノックバットを振るう。実は監督は虹ヶ丘野球部OBであり、四番打者として甲子園に出場したほどの実力者だ。
その監督が行う過激なノックは我が部の名物で、俺が初めて受けた日には全身黒アザだらけのダルメシアン状態になった。レギュラーとなった今でさえ完璧に捌ききるのは難しく、案の定最初の三塁線への打球には追いつけず球は外野へと抜けていった。「ドンマーイ」とチームメイトから声が飛ぶ。
「次!」
「お願いしまっす!」
いたいけな小学生の如き返事をした中洲に向け、監督は容赦ない打球を放つ。
真正面への強烈なゴロ、捕り損なえば顔面直撃コースだ。俺は思わず目を瞑りかけた。
が、結論から言えばポメラニアンがダルメシアンになることはなかった。
「よっ」という軽い声とともに中洲が雑にグラブを振るうと、ボールはまるで魔法のようにその中に収まった。瞬間、周りの掛け声が止んだ。監督でさえ口を開けて固まった。
そのままデタラメなステップで一塁にボールを投げると、今度は矢のような豪速球が一塁手のミットを弾く。
ほんの一瞬の出来事。だけど俺には、全てがスローモーションに見えた……見惚れてしまったのだ。中洲のプレーに。
たったの一球で、中洲は場の空気を支配した。
「……次! 植原!」
「は、はい!」
慌てて気合いを入れ直す。ミスは許されない。先輩として、ポジションを争うライバルとして。
しかしその緊張はかえって身体を硬くし、俺はミスを連発した。そのたび「ドンマーイ」と声が飛ぶ。対照的に、中洲の番には「ナイスプレー」の声。
ドンマーイ、ナイスプレー、ドンマーイ、ナイスプレー、ドンマーイ……
もはやプライドはズタズタだった。味方のドンマーイが嘲りに聞こえる程度には。
俺の守備は、自分で言うのもなんだが、努力によって洗練されたまさに職人芸だ。今日までその守備力を買われてレギュラーを張っていたと言ってもいい。
対して中洲は、センスと身体能力の暴力。そんな生まれ持ったものだけで、俺の必死に磨き上げたプレーを悉く上回る。屈辱だった。今までの努力を、全否定されたような気がした。
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