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 練習を終えて寮に戻れば、中洲は愛らしいポメラニアンに戻った。 「っとまぁ、寮の説明はこんなところだ。もし分からないことがあれば……」 「大丈夫です! 先輩の説明は完璧でしたので!」 「そ、そう」  まんまるの目を輝かせながら言う中洲に、俺は複雑な感情を抱く。  いっそのこと嫌な奴だったら良かったのに。そうすればこんな、別れた元カノをいつまでも忘れられないみたいな、くそったれな感情を知らずに済んだのに。 「あ、でも一つだけ」と中洲は切り出した。 「練習着の洗濯についてなんですが」 「それなら、共用スペースに洗濯機がある。だいたい皆夜のうちに洗濯しちゃうけど、今日みたいに明日が練習休みの日は翌日に回したり、」 「いえ、それは分かったんですが、こういうのって普通後輩が先輩のを洗ったりするんじゃないかなと」 「あぁ」  確かに中洲の言う通り、うちの部は代々一年生が同部屋の先輩の練習着を洗濯する決まりになっている。 「俺の分は自分で洗うから、気にしないでいいよ」 「えっ。でも、」 「別に特別扱いとかじゃない。ただ、俺が個人的にそういうのが嫌いなだけ」 「まぁ、そういうことなら……」  それは半分本音で半分嘘。いや、ほんとは八割ぐらい嘘だ。  要はプライドの問題だった。野球で勝てないからって、グラウンドの外でだけ偉そうな先輩にはなりたくない。特別扱いじゃないのかと言われれば、否定はできない。 「いやぁ、植原先輩みたいな優しい方と同室で本当にラッキーっす! 尊敬します!」 「はいはい、もういいから」 「俺、どこまでも先輩に着いていきます!」 「分かったから」 「これからも、プレー面含めていろいろ教えていただき」 「分かったって言ってるだろ!」 「あっ……」  自分でも驚くほど大きな声が出た。後悔した時にはもう中洲は怯えた顔をしていたし、俺は俺のなりたくない先輩になっていた。  嫌な沈黙の後、中洲が酸欠の金魚みたいに口を開いた。 「すみません」 「いや、こっちこそ」  ぎこちないやり取りを交わし、俺は逃げるように布団を被る。そしてすぐにわざとらしい寝息を、狭くて汗臭い二人部屋に響かせた。
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