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 浅香先輩がやってきたのは地区予選を間近に控えた六月のある日だった。 「久しぶり。相変わらずクソ真面目なツラだな、植原」 「お久しぶりです。そう言う先輩は相変わらずのコワモテですね」 「なんだとぅ!」  先輩にヘッドロックをかけられ、俺は懐かしさにこっそり頬を緩める。  浅香先輩は俺の一代上の三塁手で、今は名門私立大学で野球をしている。当時、俺は彼に毎日死ぬほどしごかれ、「いつか蹴落としてやる」と怨念のように思っていたものだが、おかげでずいぶん上達することができたし、今となっては全部良い思い出だ。 「ま、いいや。それよりあれが例の天才くん?」  俺は何も答えなかったが、答える必要もないだろう。プレーを見れば一目瞭然だ。中洲は今日も、玩具を追い回す犬のように自由に、しなやかに、白球と戯れている。 「確かに、これはお前にはキツイな」  遠慮なさすぎる物言いに俺は苦笑いした。けど、変に気を遣われるよりはいい。 「で? お前はアイツのプレー、どう見てる?」 「どうもこうも……見ての通りです。俺なんかがアドバイスできるレベルじゃありません」  何気ない会話のつもりだったが、先輩の表情が変わった。 「お前、本気で言ってる?」  それはあの頃練習中に何度も見た、鬼のように厳しい顔だった。 「俺が育て上げた自慢の後輩が、何もアドバイスできない?」 「そりゃそうですよ。相手は十年に一人の天才ですよ?」 「……監督が何のためにお前を奴の教育係にしたのか、もう一度よく考えろ」 「えっ」  先輩は俺の目をまっすぐに射貫く。まるで心の淵にこびりついた欺瞞を見透かすようなその瞳に、俺は居心地が悪くなって視線を逸らした。 「おい、植原。本当のチームプレーをしろよ」
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