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「でも、」
「でももだってもない! 行くな」
「……どうして止めるんですか?」
「お前がチームに必要だからだ」
俺は迷いなく言い切った。今、分かった。俺が教育係としてするべきだったこと。
迷いが振り切れた途端に、それらは口から堰を切って溢れ出した。
「ゴロを捕る時は予めグラブを下に落とせ! その方がイレギュラーバウンドに対応し易い! 三塁線の打球を捕る時、無理して正面に回り込むな! 逆シングルになってもいいから、その後の送球姿勢を考えろ!
あと、アウト取るたびにニヤニヤするな! なんかムカつく!」
「えっ、え?」
「分かってた。お前はセンス任せなところがあるから、まだまだ伸び代がたくさんある。だけど、分かったうえで黙ってたんだ。お前がこれ以上上手くなってしまったら、俺の出番が減ってしまうと思って。情けない先輩ですまない」
「……」
「俺も一、二年生の時、同じポジションの先輩に散々しごかれたよ。変な話だよな。俺が上手くなれば、先輩にとってはレギュラーが遠のくのに。
でも今ようやく、先輩の気持ちが分かった。先輩は俺のことを大切な仲間だと思ってくれてたから、指導してくれたんだ」
「先輩、それって……」
「先輩も、そのまた先輩も、そうやってバトンを繋いできたんだ。時に仲間として、時にライバルとして、お互いを成長させ合って。ただ一つ、勝利という目標のために」
「あっ。セッサタクマ」
中洲の言葉に俺は頷いた。
仲間同士が競争し、高め合い、技術的にも精神的にもより高いレベルへと成長してゆく。
我が部のスローガン。偉そうに説明しておきながら、俺自身その本当の意味を分かっていなかった。
そしてもう一つ。中洲の泣き顔を見て今更、気が付いた。
「俺は、お前に出て行ってほしくないと思った。お前と切磋琢磨しながらもっともっと成長していきたい。仲間として。ライバルとして。それじゃあ、ダメだろうか」
最後は恥ずかしくなり、小声になった。それでも目だけは逸らさずに伝えた。
ややあって「一つ、条件があります」と控えめな声がした。
「今日から、先輩の練習着は俺に洗わせてください。俺も先輩たちが繋いできたバトンってやつを、この手で感じたいんです」
「……言っとくけど、俺の練習着は臭いぞ。覚悟しろ」
「プッ。何ですかそれ」
中洲は今度こそ本物の笑顔を見せてくれた後、きゃんきゃんと泣き始めた。俺はそんな彼の背中を泣き止むまでずっとさすっていた。
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