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「植原、すまん。俺はお前を十年に一人の不運な男にしてしまった」
ある日の練習終わり。高崎監督は水道で水を浴びる俺の元にやって来て、突飛なことを言った。
我が虹ヶ丘高校野球部は、創部五十年の伝統と甲子園春夏通算二十度出場の実績を誇る。そんな名門野球部で俺はこの秋、先輩の引退と同時に三塁手のレギュラーを勝ち取ったばかり。
秋の公式戦ではチームとして結果を出せず春の甲子園出場は厳しくなってしまったが、最後の夏に向け気力体力ともに充実したこの俺に向けて「十年に一人の不運な男」とは一体どういう了見か。
俺は直立不動で言葉の続きを待った。監督は少し躊躇った後、口を開いた。
「台場シニアの中洲をうちが獲得することになった」
時間が止まったような心地がした。
台場シニアの中洲。高校野球に関わる人で知らない人はいない。現在中三ながらすでに全国に名を轟かせ、十年に一人と呼ばれる天才選手だ。そしてポジションは、俺と同じ三塁手。
俺は監督の言葉の意味を理解した。苦労してやっとレギュラーを掴んだのに、次の春から、十年に一人の天才とのポジション争いが始まるのだ。ふざけるな、くそめ。
「もう一つ、酷な頼みがあるんだが」
これ以上酷なことがあるかと思いつつ、目で続きを促す。
「中洲が入部したら、お前に教育係を任せる。寮も相部屋で手続きしてある」
「なっ……! なんで、俺なんですか?」
「それが一番チームのためになると、俺が判断したからだ」
監督は申し訳なさそうに、それでいて有無を言わさぬ強さで言った。あぁ、ダメだ。こうなったら監督は梃子でも動かないし、そもそも選手である俺には従う以外選択肢はない。
俺は歯を食いしばり「分かりました」と応えた。
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