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飯場の女
女が話をつけ、小夜は里で暮らせることになった。
女は幸と名乗った。
里から通う石工達に現場脇の飯場で昼飯を作って出すのが幸の仕事だ。
幸と暮らし始めた小夜は、朝起きて水汲みをし薪を集め、朝飯を食べると幸と一緒に飯場へ行って昼飯の下拵えを手伝った。昼を出しその片付けが終わるとまた里に戻り、明日の準備や家の脇の小さな畑の世話をした。
隣家はこの石工集団の頭の住まいだ。
畑仕事で仲良くなった頭のおかみさんの話では、幸は石工の若頭の女房だったが現場の崩落事故で旦那を亡くし、飯場の仕事を任されるようになったという。
「小夜坊が来てくれて良かったよ。やっぱり縁だねえ」とおかみさんはしみじみ言う。
小夜は何のことだろうかと思う。
(さちとさよで名前が似ている縁ということかしら?)
聞く暇もなくおかみさんは頭に呼ばれて、「小夜坊、またね」と家に戻ってしまった。
幸は性格はさっぱりしてうるさいことは言わず、仕事は丁寧に教えてくれた。
働き盛りの男五十人あまりが食べる量を賄うのは、祖父と二人の食事を作るのとは訳が違った。でも幸は、「おいおい慣れていけばいいんだよ」と見守ってくれ、小夜が賢いと見て取ると信頼して任せてくれた。
石工達は口調は荒いが心根は優しい。皆が小夜坊と呼んで可愛がってくれる。
「きつい仕事だから、石工は昼飯が楽しみなのさ。美味しいものをこさえようね」
そう微笑む幸に、ふと小夜は死別した母を思い起こす。顔も覚えていないが、生きていたらこんな感じなのかとふと思うのだ。
そうやって二月ほど経ち、石切場の周りの木々の紅葉も終わった頃、小夜がこの里に来て最初の冬がやって来た。
気温が下がり山を渡る風が吹くと、幸の隙間だらけの家の板の間は寒さが堪えた。
火を消した囲炉裏の横に敷いた薄い木綿の敷布団で、夜着にくるっても寒さのあまり眠れない。
「小夜、寒いのかい? こっちおいで」
隣の布団から幸が呼んだ。
「いいの?」
「ああ」
小夜は幸の布団に飛び込んだ。
「あったかい」
幸の腕の中はあったかい上、優しい匂いがした。
囲炉裏の残り火の燻ぶる音が心地良い。
「はじめての山暮らし、冬は堪えるだろうけど、でも一人じゃないんだからこうやってあっため合えばいいよねえ」
優しく頭を撫でられそう囁かれるのが子守唄のようで、小夜いつの間にか眠りについた。
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