後の祭りに

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「師匠、お腹ぷにぷに」 「やめなさい、弟子よ」  そう咎めたところで弟子はぷにぷにとつつくのを止めない。そうであることはよく知っているので私も既に諦めている。  果たしてこの子は無事自分の後継となれるのだろうか。不安を抱えてしまっても、後の祭りである。  師匠である私は、基本怠惰だ。年のほとんどが暇。空ろな目でぼーっと過ごすのが日課である。思い立った時に空の袋を横目に仕事道具の手入れをするくらい。いつも一人でいるし、誰とも会う事などない。もうずっとこうだ。  ある時あまりの暇さに耐えかねて街へと繰り出した。特に見るものもなくぶらぶらと歩いて通りの端から端まで。ふと振り返ると子供が付いてきていた。ボロの服を着て、この世の終わりのような顔。行く当てなどどこにもなさそうな、哀れな子。腹も空いているのだろう、お腹の音をぐーぐー鳴らしている。 「お家へ帰りなさい」  優しく声をかけても、頭を振るばかり。いるのだ、こういう子は。何処の町にも。世の空しさにふぅ、とため息を吐いてその子の手を引く。ちょうどいい時期だ。この子を自分の弟子として育て、自分の後継に据えようと思ったのだった。 「師匠、お腹ぷにぷに」  何一つ関心を示さなかったその子が唯一関心を示したのが私のお腹だった。穴の空いた服を着ていたもので、そこから飛び出たお腹が面白かったらしい。つんつんと熱心につついている。その子の関心を探す事に疲れていた私は、まあいいかと受け入れた。  そこからコミュニケーションを始めて、仕事道具の手入れも少しずつ覚え始めてきた。やがていなくなる自分の代わりをこの子が担えるのか。まあ、人と会う仕事でも無し、何とかなるだろう。気長に育てていこうと構えている。 「師匠、この道具って何に使うの?」  弟子は珍しく空の袋を指さして問うた。私は驚き、喜び、しかしそれを押し殺しながらなるべく自然に答えた。 「これはな、時期が来れば満たされる魔法の袋なのさ。これがないと私の仕事は始まらない」  事実なのだが、弟子にはピンとこなかったようだ。ふーん、と呟いて、私のお腹をつんつんし始めるのだった。  師走。いよいよ仕事である。私は気合を入れて衣装の手入れをする。仕事道具に手抜かりがない事、袋が満たされている事を確認する。  よし。今がその時だ。電話で一本、馴鹿を頼み、橇に付ける。弟子と袋を乗せて、私は御者を務める。 「師匠、これからどこに?」 「弟子よ、よく見ておけ。これが私の仕事だ!」  言って師走の空へと駆け出していく。これから世界中の子供たちへ、幸せを届けるのだ。あわてんぼうと言われようとも、このタイミングでなければ間に合わない!  私にとって、これがまさに今年最後の祭りである。
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