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この期に及んで、気づいてしまったことに少しの後悔が滲んで、自分の弱さと愚かさに足が重くなっていた。美和が嬉しそうに話していたのを思い出して腹の底から怒りが湧いてきても、私にその怒りを吐き出す権利はないと分かっている。どうしようもなく複雑で気持ちが悪いこの身体から、今すぐ逃げ出したかった。でも、そんなことをしたら本当に取り返しがつかなくなる。だから、私はただ生温い風に打たれて、この気持ち悪さを抱えていることしかできなかった。
どれだけ経っただろうか。美和が帰ってから数時間、私は佳奈子の家の前で座り込んでいた。もうどこを探していいかもわからなくて、会いたいけど会わせる顔もなくて、それでも、明日も会えないかもしれない佳奈子のことを放っておくことはできなかった。空の色が、オレンジ色から深い青へ移ろうとしているのをただぼんやり眺めていると、人の影が歩いてきて私の前で止まった。そこには、ずっと会いたかった佳奈子の姿があって、私は思わず泣いていた。泣きながら、何度も佳奈子の名前を呼んで、何度もごめんねと言った。
「何泣いてんのさ、梅。何があった?」
優しく涙を拭って頭を撫でてくれる佳奈子に、私は伝えなくてはと思った。この気持ちを、やっと気づけたことを、佳奈子に出会ってからの私のことを。
「佳奈子、ごめんね。今まで本当にごめん。私は弱いから、ずっと気づかないふりをしてたんだ。だけど、佳奈子だけはちゃんと向き合ってた。佳奈子だけが、仕方ないとか、怖いからとか、どうせ変わらないからって言って、逃げ出さなかった。私は、それをずっと隣で見ているだけだったんだ」
驚いたような顔をしている佳奈子を見て、私はまた一歩踏み出した。
「私ね、佳奈子のことをずっと探してたんだよ。最初は自分でも、なんでってわからなかったけど、今日、やっとわかったんだ。私は佳奈子のことが好きで、佳奈子に会いたかったから走ったんだって。佳奈子みたいに強くかっこよくは生きられないけど、私も大切なものを見つけたから、正しいと思うことをして生きたい! 佳奈子の隣に並んでも恥ずかしくない人になりたいんだ」
涙でグショグショになって、息もうまく吸えていない状態の私の話を、佳奈子は最後まで何も言わずに聞いてくれた。そして、私が泣き止むまで背中をさすって待ってくれる優しさに、また涙が溢れ出しそうになっていた。
少し落ち着いて、佳奈子の顔を見てみると、思っていたよりずっと優しくて胸が熱くなった。
「梅がそんなふうに思ってくれていたなんて、全然知らなかったよ。なんか、すっごく嬉しい」
二人して地べたに座り込んで、うっすら見える星を眺めていた。佳奈子は大きく息を吸って、星に手を伸ばした。
「あたしさ、梅が思うほど強くもかっこよくもないんだ。周りには理想並べてるバカなやつにしか見えないんだよ。笑われておしまい。まあ、実際何もできやしないし、正直返す言葉に詰まってた」
自分のことをそんなふうに笑って話す佳奈子の姿を、このとき初めて見た。だけど、佳奈子が弱音を吐いたのはたった一瞬で、次の瞬間には私の手を引っ張って力強く立ち上がっていた。
「あたし、今日梅に会えて良かった。いつの間にか自信を失くしてた大切なもんを、もう一度大切にしたいって思えたよ。ありがとな」
いつものように二ヒッと笑った佳奈子の顔は、いつもより嬉しそうだった。
それから、真島さんたちによる嫌がらせは私と佳奈子の二人にされるようになったけど、この年の終わりごろにはいつの間にかなくなっていた。きっと、嫌がらせをしても楽しくなくなったのだろうと思う。他の人への嫌がらせもないようで、佳奈子は前より笑っていることが多くなった。私の方は、自分の弱さと向き合う日々だ。今までの後悔や反省がたくさんあって、たまに挫けそうにもなるけれど、私には佳奈子がいる。佳奈子が自分らしくいればいるほど、私も自分らしさを知っていきたいと思えるんだ。きっと、この先私たちが別々の道を歩むことになっても、お互いの顔が見れないような遠い場所にいたとしても、これまでの歩き方を思い出しながら一歩ずつ進んでいける。私にとっての佳奈子がそうであるように、佳奈子にとっての私もそうありたい。だから私は、そうあれるように生きていくんだ。
生きていれば、悲しいことや辛いことにもたくさん出会って、その度に自分の未熟さを思い知らされることだってあるだろう。それでも、尊敬する友人ができたり、自分が大切にしたいと思える人に出会うことで、また一つ成長することができるのだと思う。そうやって、少しずつ心が育っていくことを「生きる」というのだろうか。私は小さい頃から、桜の花びらが舞う景色より、散った花びらが生温い雨に打たれる景色を見てきた。でも、きっとそれは、これから満開の桜を見るときに、その美しさの理由を忘れないでいるためだ。
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