探していくもの

2/3
前へ
/3ページ
次へ
 私は、佳奈子の家を去ったその足で、佳奈子を探しに走り出した。近くの公園や二人でよく行った喫茶店、町の小さな駄菓子屋にも行ったが、佳奈子はどこにもいなかった。一緒にいる時間は長かったけれど、今思えば佳奈子のことを何も知らない。でもそれは、佳奈子のせいじゃない。私のせいだ。いつも自分のことに一杯いっぱいで、佳奈子に助けられてばかりで、佳奈子のことなんて見ていなかったんだ。どんなに走っても佳奈子はいない。私は佳奈子のようにはなれない。だけど、それでも今走り続けているのは、私が佳奈子のことを好きだからだ。何が好きで何が嫌いかなんて知らなくても、佳奈子のことが好きなんだ。佳奈子の生き方が眩しくて、どんな大人や偉い人の言葉より、佳奈子の言葉が大切に思えたんだ。だから、私が佳奈子を探す理由はたった一つ。私が佳奈子に会いたいから。  息を切らしながらもう一度佳奈子の家まで行くと、そこには美和がいた。 「え、どうしてここにいるの?」 今まで、佳奈子と美和が話しているところなんて見たことがなかった。彼女はいつも一人でいる子で、私だってほとんど話したことがない。だから、彼女が佳奈子に制服を借りたことも未だに不思議に思っているのに、今、彼女は家の前にいる。 「佳奈子ちゃんに制服を返そうと思って」 彼女がチャイムを鳴らそうと手をかけた瞬間、私は自分でもわからない感情に急かされてその手を掴んだ。 「私が返しておくから、もう帰って」 「でも、借りたのは私だから……」 「そもそもなんで佳奈子なの?」 「何が?」 「制服借りるなんて意味分かんないんだけど」 「……」 「佳奈子が優しいからって、そんなものまで借りる?」 自分の語気が強くなっていくのが分かった。きっとこれは、ただの当てつけだ。確かに彼女が制服を借りたことに疑問を抱いてはいたけど、それよりも、自分の不甲斐なさが許せなかったんだ。佳奈子の優しさに甘えていたのは、紛れもなく私の方だ。言い放った言葉が形をなくそうとしたとき、私は自分の弱さに気づいた。だけど、それでは遅かったんだ。言葉は、放ってしまったその瞬間から取り返せなくなるものだから。 「そうだよ、佳奈子ちゃんは優しいから。私に綺麗な制服を貸して、代わりに汚れた制服をもらってくれた」 嬉しそうにしている彼女の姿に、得体のしれない恐怖を感じた。今まで話していた彼女とはどこか雰囲気が違う今の彼女に、返す言葉が思いつかなかった。「代わりに汚れた制服をもらってくれた」という言葉の意味がわからない。佳奈子がそこまでする必要はないはずだ。 「どういう意味?」 恐る恐る尋ねてみると、彼女は何か大切なものを抱きしめるようにして、私の目を真っ直ぐ見て言った。 「そのままの意味だよ」 その()の奥にある深い濁りが、私の恐怖を煽る。そうしてとらわれた私を横目に、彼女は再びチャイムを鳴らそうと振り返った。今、彼女がチャイムを鳴らせば、佳奈子が学校に来ていなかったことをおばさんに知られる。それだけは駄目だと、今度は強くその手を払った。 「……ポストにでも入れておいて。今、佳奈子は体調が悪いから」 とっさに嘘をついた。だけど、私の中には迷いも後ろめたさもない。 「そっか」 彼女は意外にあっさり引き下がり、制服をポストに入れて帰っていった。だけど、私はひとつだけ確かめておきたいことを思い出し、彼女を引き止めた。 「佳奈子の家がここだって、誰に聞いたの」 「真島さんたち」 弾むように後ろ歩きでスキップしながら、彼女は笑って言った。私はその言葉で、今起こっていることに気づいてしまった気がして、足がすくんだ。真島さんは、クラスの誰もが知っている嫌な子だ。その嫌がらせは陰湿で、卑怯で、みんなが知らないフリをしてきた。佳奈子以外のみんなが。佳奈子はたった一人、先生に何度もその嫌がらせを報告したり、真島さんたちに直接やめるよう話したりしていた。だけど、何も変わることはなかった。一方私は、そんな佳奈子の影に隠れて、何もしなかった。「佳奈子以外のみんな」の内の一人。知っているのに知らないフリをして、自分は何もされないように心のなかで願っている、一番卑怯で最低なやつだ。そんなやつなのに、佳奈子は一度も私を責めなかった。  一年前のある日の帰り道、佳奈子は急に真剣な表情をして話し始めた。 「梅も、あたしが間違ってると思う?」 「なんのこと?」 「……いいや! なんでもない!」 「えー、教えてよ!」 「いいの! 梅はそのままで。でもさ、正しいって思うことをしような」 「だから、さっきからなんの話してるの?」 「ん? 自分の大切なもんを守るのって、難しいよなって話」  佳奈子は私を責めなかったけど、そのままじゃ駄目だと何度も言ってくれていたんだ。私はそれすらも、気づかないふりをしていたのに。そんな佳奈子が、美和に制服を貸して、学校を休んで、さらに佳奈子の家を真島さんたちが知っている。それってつまり、美和は真島さんたちに嫌がらせを受けていて、佳奈子がそれを庇ったってことじゃないのか。彼女の汚れた制服をもらったってことは、「もらってくれた」ってことは、真島さんたちの標的が佳奈子に変わったってことじゃないのか。だとすれば、私がするべきことは何だろう。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加