32人が本棚に入れています
本棚に追加
そんな代わり映えのない日常が続いたある日、隣のC組に時季はずれの転校生が来た。平松というイケメンに女子はきらきらとした視線を向けている。真弥もC組の前を通ったときに姿を見たけれど、和惟のほうがずっと恰好いい。
「真弥、あーん」
今日も変わらず和惟にお弁当を食べさせてもらっていると、平松がB組に来た。教室内を見まわす平松に女子がざわつく。なにかを探すような平松に真弥も思わず視線を向けていたら、和惟が焦れたように「あーん」ともう一度言った。
「あ、ごめん」
「もう。よそ見なんてひどいなあ」
卵焼きを食べさせてもらい咀嚼していると、平松が近づいてきた。一瞬目があったけれど、ずいぶん冷たい目をする人だなと思った。和惟は平松に興味がないようで、テンポよく「あーん」を繰り返す。
「これがかよ」
「え?」
平松は馬鹿にしたように和惟を見おろす。和惟はまったく気にせず――というより無視して、真弥だけを見ている。なぜか和惟に挑戦的な目を向ける平松は、隣の真弥を見てまた鼻で笑った。
「こんなことしてるやつが俺以上?」
「以上?」
なにがだろう、と真弥が聞き返すと、平松は軽侮の視線を和惟に向ける。
「一番恰好いいのは村上和惟だって女子が言ってんだよ」
「真弥」
平松の言葉につい聞き返した真弥を、和惟がたしなめる。でも気になるし、和惟を馬鹿にするような目をしていることが引っかかる。
「村上っておまえだろ?」
「真弥、あーん」
「無視すんなよ」
「か、和惟」
和惟は完全に平松を無視している。平松があきらかに表情を歪ませ、和惟の肩を掴んだ。それでも和惟は平松の手を払って無視する。
「顔だけじゃねえか。しかも男同士で」
「和惟は顔だけじゃないよ」
つい言い返した真弥を一瞥した平松は、やはりあざけるような目を向けてくる。少し怖いけれど、和惟を馬鹿にされたくない。男同士で食べさせてもらってなにが悪いのか。
和惟はまったく相手にせず、真弥にお弁当を食べさせようと箸を動かす。平松はそれが気に入らないようで、舌打ちをして教室を出ていった。その背中を見て真弥は苛立ちを抑えられない。あんなに性格が悪そうな人に、和惟を悪く言われたくない。
「今日はどうだった?」
帰路につきながらいつもの質問をされ、真弥はむうと唇を尖らせて足を止める。和惟もあわせて立ち止まり、少し振り返って真弥を見た。
「真弥?」
「平松が気になる」
和惟に対しての態度が腹立たしくて、まだお腹の奥がふつふつと沸騰している。「くん」なんてつけたくないくらい気に入らないし、和惟が顔だけなんて許せない。和惟は優しくて頼りになる、世界一の男だ。思い出したらまたむかむかしてきた。
「和惟?」
知らず地に落ちていた視線をあげて和惟を見ると、和惟が驚愕の表情を浮かべたまま固まっている。しばし待ってみても解凍しないので指で肩をつついてみたら、和惟は数回まばたきしてから引き攣った笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
「いや。……平松か」
低く地を這うような声に、どうしたのだろう、と横顔を見る。目があったら柔らかく微笑んでくれたからいつもの和惟のようだけれど、なにかが違うように感じた。
最初のコメントを投稿しよう!