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「真弥、あーん」
「いいよ。自分で食べる」
水曜日、和惟がお弁当を食べさせてくれるのを拒絶して、自分で食べるようにした。今日もなぜか平松が一緒で、気分が悪くてお弁当がおいしくない。
真弥が眉を寄せながら焼きアスパラを咀嚼していると、平松も似たような顔をしていて、それも嫌だった。真弥は平松とかかわりたくないのに、和惟がお弁当の時間になると平松を呼んでくる。和惟が一緒に食べたいのならば仕方がないと納得しようとしても、いい気分ではない。
「おまえらなんなの? 江越嫌がってるし、村上うざくねえ?」
平松が和惟を見下すような視線を向け、それに苛立った真弥は平松からふいと目を逸らす。姿を見ているのも不快だ。
でも和惟はそんな真弥の心情に気がつかないのか、いつものようにお弁当のおかずを箸で真弥の口もとに差し出す。
「真弥、食べて」
「嫌だよ」
「嫉妬してもらうためだから」
にこやかな和惟の表情に疑問さえ浮かぶ。どうしてそんなに笑顔でいられるのか、腹が立たないのか。真弥ばかりが気分を害しているようで、本人は普段と変わらない。
「嫉妬ってなに?」
「あーん」
答えはもらえなくて、でも和惟にはなにか考えがあるようだから大人しく食べさせてもらう。やはりこれが落ちつくけれど、平松の冷たい視線が和惟に向けられることにお腹の奥の怒りが沸騰する。どうして和惟にそんな目を向けられるのかがわからない。こんなに愛情溢れる人を馬鹿にするなんて、平松はいったいなんなのだ。
「真弥、あーん」
「いい。自分で食べるって」
差し出された手をよけると、和惟は眼光を鋭くし、真弥をじいっと見てにやあっと笑った。和惟なのに和惟ではないような得体の知れない笑みに、真弥はぞわりと鳥肌が立った。
「嫉妬してもらうんだ。食べて」
唇に押しつけるように箸を当てられ、おずおずと口を開いた。
和惟がなにを言っているのかわからないし、怖い。
自分がここにいるから和惟が食べさせたがるのかもしれない。結果、和惟が平松に馬鹿にされる。
「――」
自分がここにいなければいいのだ。
和惟の手をよけて、その場から逃げた。和惟の声が追いかけてきたけれど、無視して教室を飛び出した。
冷たい風が吹く屋上のすみで膝をかかえて座る。和惟がまた馬鹿にされるのが我慢できなくて逃げ出してしまった。和惟は怒っているだろうか。和惟が怒っているところなど見たことがない。
どうしても平松と一緒にいたくなかったし、和惟を見下されたくなかった。和惟は真弥にとって大事な存在なのだ。彼をあざけられるのは耐えられない。
「なにやってんの?」
顔をあげると、なぜか平松がいた。呆れたような目をして真弥を見おろしている。どこかに行ってほしくて顔を背けて黙っていたら、平松が真弥の隣に腰をおろした。
「村上っていつもあんな感じなのか?」
「あんな感じってなに?」
話しかけられたことに驚きながらも苛立ちがおさまらない。真弥は眉を寄せて聞き返す。
「牽制しまくり」
言われている意味がわからず首をかしげる。そんな真弥をちらりと見た平松は、呆れたような顔をした。
「手綱握っておけよ」
平松はそのまま横になり、長い足を組む。乱暴な動きにびくりとしつつも、風の冷たさが気になった。
「……寒いから冷えるよ」
平松なんか放っておけばいいのに、気になって声をかけた。まだ初秋でも屋上は風が強くてひんやりしている。一緒にいて平松にだけ風邪をひかれるのも気分が悪い。
「俺は行くからね」
一応断っておく。別に平松の許可などいらないけれど、少しでも会話をした相手に黙っていなくなるのは気が引けた。
「――――」
「なに?」
平松がなにか小さな声で言い、聞き取れなくて横になっている平松に顔を近づける。背後から「真弥」と呼ばれて顔をあげると、和惟が顔面蒼白で真弥を見ていた。
「今……」
信じられないものを見たような表情をした和惟は、踵を返していなくなってしまった。慌てて立ちあがって追いかけると、「俺を面倒に巻き込むなよ」と平松の声が背後から聞こえた。和惟がいなくなった理由も平松の言葉の意味もわからず、ただ真弥は和惟を追いかけた。
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