初恋迷子

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 どこに行ったのだろう、と和惟を探すが見つけられない。校舎内をぐるぐるとまわってみたけれど、予鈴が鳴ったので仕方なく教室に戻った。もしかしたら教室にいるかも、と思ったが、和惟はいなかった。  もうじき本鈴がなるのに和惟は戻ってこない。どこか具合が悪くなって倒れていたらどうしよう、と心配になった授業のはじまるぎりぎりに和惟が教室に入ってきた。和惟は無表情で、一瞬目があったけれどすぐに逸らされた。  授業中も和惟が気になり、何度も斜めうしろの席を覗いた。いつもならば目があうのに今日は視線が絡まない。一方的に拒絶されているようにも感じ、不安が胸に湧き起こった。なにか嫌われることをしただろうか。 「和惟――あれ」  一緒に帰ろうとしたら、和惟の姿はすでになかった。やはりなにか嫌われることをしたのかもしれない。自分はぼけっとしているから、気がつかないうちになにか――。  どうしよう、と自分の席でぼんやり座っていると、うしろから頭をはたかれた。和惟は真弥にこんなことは絶対しないから誰だろう、と顔だけ振り向くと平松だった。 「やっぱり俺を面倒に巻き込んだだろ」 「面倒?」  意味がわからない真弥に、平松は眉を寄せた。ひどく面倒くさそうな顔を見せて、肩をそびやかす。 「今、あいつが俺に『真弥を泣かせたら存在を抹消する』って言ってきたぞ」 「あいつって和惟?」 「当たり前だろ。馬鹿か――ああ、馬鹿だな」  また後頭部をはたかれ、痛いなあ、と頭を撫でる。なにを言いたいのか、まったくわからない。 「勘違いされてんだよ。ちゃんと手綱握っとけって言っただろ」  もう一度頭をはたかれ、さすがに文句を言おうと思ったら、どこからかスクールバッグが飛んできた。平松の顔面目掛けて飛んできたバッグを、平松は片手でキャッチする。バッグが飛んできた方向を見ると、和惟が肩で息をして平松を睨んでいた。ひどく険しい形相に、真弥でさえぞくりと背筋が震えた。 「真弥を叩くなんて、なに考えてるんだ」  ほの暗い顔をした和惟は、平松に敵意を剝き出しにしてきつい視線を向ける。教室内がざわつくのがわかったが、真弥でも和惟を止められなかった。  見たことのない和惟は、今にも平松に掴みかかりそうなほどに気が立っているのがはっきりわかる。触れたら切れそうな鋭さと、燃えるような怒りを宿したアンバーの瞳がゆらりと揺れたように見えた。 「おい。あれ、なんとかしろよ」 「なんとかって言われても」  平松が真弥にこそっと言うが、なんとかしようがない。まず和惟がなににそんなに怒りを燃やしているのかがわからないし、そんな和惟を知らないから、どう対処したらいいかなんてわかるはずがない。 「なに真弥にこそこそ言ってるんだ、DV男。おまえなんかに真弥を渡せない」  その言葉で、彼が平松に怒っている理由がなんとなくわかり、こんなときなのに胸がきゅうんと甘く痺れた。  和惟は、平松と真弥がつきあうと勘違いしているのだ。もしかして、真弥が「平松が気になる」と言ったことが勘違いの原因だろうか。和惟は自分の気持ちを押し殺して、平松に真弥をゆずるつもりだったのかもしれない――勝手な想像だけれど。  勘違いをされているのは困るし、平松にも申し訳ないのだけれど、それでもお腹の奥から喉にかけてが、ぎゅっと締めつけられるように疼く。まるで和惟に守られているようで、心臓が鼓動を速めて頬まで熱くなってきた。 「勘違いされても困る」  平松が平坦な声で言うと、和惟の眉がつりあがった。 「俺だって困る」  真弥が続けたところで、和惟が訝る表情に変わった。 「俺とこいつ、つきあってるわけじゃないんだけど」  変わらず淡々と平松が真弥をちらりと見てから和惟に視線をやる。真弥もぶんぶんと首を縦に振った。 「じゃあ、なんでキス……」  和惟が胡乱げな瞳を平松と真弥に向ける。 「キス?」  誰と誰が?  不可解な単語に首をかしげる真弥の隣で、平松がわざとらしく深い嘆息を零した。 「やっぱ勘違いしてんな」 「どういうこと?」  真弥もよくわからない。 「さっき屋上で、江越が俺に顔近づけただろ」 「うん。なに言ったのかわからなくて」 「『さっさと行け』って言ったんだよ。おまえが顔近づけすぎたから、こいつは俺と江越のキスシーンだと勘違いしたんだろ」  再度頭をはたかれるが、それ以上に平松の説明が衝撃的だった。平松とキスなんて、想像しただけでぞわぞわと鳥肌が立つ。そんなことをするはずがない。 「なにそれ! 俺、平松とキスなんてしたくないよ!」 「俺だってごめんだ」  鳥肌の立った二の腕をシャツの上からさする真弥に、平松が冷たい視線を向けてくる。やられたままは悔しいので真弥も睨み返した。 「……勘違い……?」  和惟がぽつりと呟き、真弥と平松を見て、それから首を一度ひねった。呆けた様子だが、頭の中で理解できたのか、真弥の肩を抱いて平松から遠ざけた。 「こんなのに近づいちゃだめ」  自分の背後に真弥を隠し、平松が持っているスクールバッグを取りあげた和惟は、もういつもの和惟だった。平松に敵意を向けていても、先ほどまでの険しさがない。 「あっち行け」 「言われなくても行く」  平松を追い払った和惟は振り返り、真弥に満面の優しい笑みを見せた。先ほどまでの形相が嘘のように正反対の穏やかさで、真弥だけではなく成り行きを眺めていた教室内の生徒たちもほっとしたように緊張をといたのがわかった。 「帰ろう、真弥」 「うん」  和惟はもとに戻ったのに、真弥の胸で躍る心臓はまだどきどきと高鳴っていた。 「――でも」  歩きながら、和惟が視線を足もとに落とした。まだなにか心配ごとがあるのだろうか。 「真弥はあいつが好きなんだよね」 「やっぱりそれも勘違いしてるんだね」 「どういうこと?」  和惟を馬鹿にしていることに腹が立ったから、気になるというより気に障るだったのだと説明すると、和惟は気が抜けたような顔をした。 「じゃあ好きなわけじゃないの?」 「うん。あんな乱暴なやつ嫌だよ」  勘違いに勘違いが重なって和惟は暴走したようだ。真弥も驚くくらいに和惟が怖かった。 「真弥を叩いてたよね。明日俺がやり返しておくよ」  真実を知り、視線をあげた和惟の足取りが急に軽くなった。歌うように真弥の名を呼ぶので、真弥まで楽しくなってくる。 「そっか、真弥の初恋はまだかあ」  嬉しそうに頬を緩ませる和惟に、なにも答えなかった。  甘酸っぱい気持ちは、ずっと和惟に向いている。もしかしてこれが、そうなのかな。
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