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初恋迷子
「まやちゃん、あーん」
真弥が大きく口を開けると、フォークで刺した卵焼きが口内に運ばれる。
「おいしい?」
「うん! かずくんに『あーん』ってしてもらうと、すごくおいしい!」
まだ幼い頃の記憶。遠い日から和惟と真弥は変わらない。小学校、中学と年を重ねていってもそのままの関係が築かれている。
大事な幼馴染である和惟と一緒にいると、真弥は温かい気持ちになる。たくさんの日々をふたりで越えてきた。
いつしか「まやちゃん」が「真弥」になり、「かずくん」が「和惟」になっても、関係は変わらず――。
「はい、真弥。あーん」
素直に口を開ける真弥に、和惟がウインナーを箸で運ぶ。
今日も変わらず和惟がお弁当を食べさせてくれる。昔からこうだったから真弥はおかしいことだと思っていなかったのだが、一般的にはおかしいことらしい。周囲は「またやってる」と今では特に気にした様子はないが、はじめの頃は好奇の目で見られた。それでもずっと続くとまわりも慣れて、高二の初秋になると誰にもなにも言われない。
高校生男子のこんなスキンシップは、通常ならば恥ずかしいものなのかもしれないけれど、和惟は嫌な顔をまったくしないでいつも真弥を甘やかす。真弥も和惟とならば恥ずかしいとか嫌だとか思わない。相手が他の生徒だったら、それが男子でも女子でも、恥ずかしいし嫌だ。和惟が特別なのだ。
真弥にとって和惟が特別なだけではなく、和惟にとっても真弥が特別なのは自分でわかっている。高身長でも威圧的にならない栗色の髪が柔らかい印象を与え、琥珀に似たアンバーの瞳も綺麗だといつも思う幼馴染の彼は恰好よくてもてるのに、真弥以外には目もくれない。女子からの告白なんて真弥に同伴させるくらいにずっとそばにいる。密かに作られた和惟のファンクラブは自然と「村上和惟と江越真弥を見守る会」になっている。和惟と真弥はワンセットだ。どこからどう見ても美形な和惟に対して、自分は黒髪に黒い瞳に低身長の地味な見た目で、つりあっているかと言われたら――いや、和惟につりあう相手なんてそうそういないのだから、これはどうしようもない。
和惟は真弥に敵意や攻撃心を向ける相手には容赦がないので、平和を望む人たちは真弥をからかうこともしない。たしかに、真弥を守るためならなんでもしそうなのが和惟だ。ちなみに和惟の両親も真弥の両親も彼のこの行動は知っていて、「相変わらずね」なんて笑っている。親公認の甘やかしだ。
「おいしい?」
「うん」
「可愛いなあ」
よしよしと頭を撫でられ、完全に子ども扱いだけれどかまわない。和惟に甘やかされるのは、心がほわんとして心地いい。夢を見ているときのように足もとがふわふわと浮くような不思議な感覚は、和惟といるとよく起こる。それがあまりに幸せな心地なので、真弥はますます和惟から離れられない。
学校からの帰りも当然和惟と一緒だ。去年は和惟とクラスが分かれたから大変だった。一分一秒でも真弥のそばにいたいらしい和惟には苦悩の一年だったようだ。今年は和惟の執念が届いたのか、無事同じクラスになり、彼の過保護はパワーアップした。
「真弥、今日はどう?」
これもいつもの質問で、和惟はどこか期待するような、でも不安げな、そんな瞳をして真弥を見る。
「わからない。特に気になる人はいなかったけど」
一日を思い返して答えると、和惟は安堵と落胆が混じったような不思議な表情をする。ここまでが毎日のルーティンになっている。
和惟がこの質問をするのは、真弥が高二にして初恋もまだで、和惟はそんな真弥を心配してくれているからだ。和惟の好きな人は真弥だと言うけれど、真弥には恋愛感情の「好き」という感覚がいまいちよくわからない。和惟曰く、とても幸せな気持ちだけれどせつない、とのことで、さらにわからない。「幸せなのはいいけど、せつないのは嫌だなあ」と真弥が言ったら、和惟は笑っていた。
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