ナンバーセブン

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「なんて綺麗な花嫁」  黒留袖姿の母が涙ぐむ。モーニングコート姿の父は母の肩を抱いた。 ……そう、私、田辺千桜(たなべちさ)、二十八歳は今日、生涯愛すると誓った男性と結婚する。  コンコンッとノックの音が聞こえ白い扉が開く。彼は私を見るなり優しく微笑んだ。 「純白の天使、君は僕の理想そのものだ」  アッシュブラウン、長めの前髪がサラリと流れ、端正な顔立ちが私の虜を捉えて離さない。スレンダーな体型。長い足。本当に君は昔から完璧だったね。  神様が彼に与えたモノは『才能』と『美』  あの日、彼を知ったからこそ今がある。彼に愛される女になるため、私は自分をここまで育ててきたの。 ◆  カタカタと不規則に回転する扇風機からの送風は、この蒸し暑く狭い六畳間の空気に何ら変化を与えない役立たず。  額に汗を滲ませ、カレーと白米をスプーンで混ぜている私に、その瞬間は唐突に訪れた。  画面で踊っているのは、人気絶頂のアイドルグループ六人組。その背後で十人ぐらいの男の子達が踊っていた。カメラが六人組の左端のアイドルを映す。その後ろ、一瞬に彼がいた。  あの時の感情を何と表現したら良いのか今も分からない。胸にハートの矢が刺さった感じ、とでも言っておこう。彼が画面に映ったのは、ほんの数秒。その数秒で私は恋に落ちた。  中学三年生、初恋は私を本屋へと動かす。まず、アイドル雑誌を購入し彼を探したがデビュー前なのか、彼の姿はどこにもない。私は対象アイドルの所属事務所を調べ、アイドル名鑑なる本を入手した。  六千円。来月のお小遣いはいらないからと母に三千円を前借りして買った分厚い本。私は、この本で彼の名前を知った。  成宮海斗(なりみやかいと)、十五歳。身長、百六十九センチ、体重、五十七キロ。出身、東京都。  デビュー前の男の子達は(つぼみ)と呼ばれてる。蕾だった海斗が花を咲かせデビューしたのは、私が高校二年になったばかりの春だった。  グループ名【アイズ】五人グループで、海斗はセンターだった。当然、私は生まれたてのファンクラブに速攻で入会。届いた会員証のナンバーは7番。自分より六人も早く入会したファンに少し嫉妬。だけどラッキーセブンって言うし縁起の良い数字だと無理に自分を納得させた。  入会金六千円は母から借金。ウチは母子家庭だし貧乏なので、これからバイトして返済しようと思う。  ファンクラブに入会すると色んな特典がある。 コンサートチケットの優先予約。 限定イベントへの参加。(ファンミーティング、バースデーイベントなど) 限定グッズの購入。 会員専用の情報。(アイズのスケジュール情報など) 後はバースデーカードなどが【推し】の直筆で届く。私は勿論、海斗希望。  でも、私はここで悲しいことに気づいた。ファンミーティングやバースデーイベントは東京で行われるし、コンサートも、東京、大阪、名古屋がほとんど。  自分は新潟県在住。コンサートスケジュールに新潟県の記載はなし。  だが、本当のファンは、こんなことに悲しんでいる暇はない。来ないのならこちらから行けばいい!それだけのこと。  私は友人の誘いを一切断り、バイトに専念することにした。応援するにはチケット代や交通費、宿泊費やらと、お金が必須だからだ。貯金して、全部のイベントに出席してやる!そう決めた。  バイトで稼いだお金、母からの借金を叩き全てのコンサートに行った。ファンクラブ席なので割と前の方が多い。最前列は無かったけど、前列から三番目なんて時もあったっけ。  アイズにはそれぞれメンバーカラーがある。海斗はレッド。グッズショップで売ってるウチワも買うが、私は自分で特大の赤いウチワを作り隣席の『邪魔』って声も無視して仰ぎ続けた。  そのウチワが海斗の目に止まり、トークネタにされた時は天にも昇る勢いに嬉しかった。  ガチファンは、コンサートをアンコールまで見ない。出待ちがあるからだ。私は前列を確保。警備員を押し除け、車に乗るため、歩いてくる海斗にウチワを振った。 「海斗、大好き!」 「ありがと!」  これが、私と海斗が初めて交わした会話である。心臓が爆発するほどドキドキした。  日を追うごとにアイズの人気は増してゆく。ファンクラブも二百万人を超える勢い。築何年かも分からない古びたアパート。六畳ふた間しかない片側の部屋はアイズのポスターやオリジナルグッズ、CDなどで足の踏み場もない状況。  バレンタインの手作りチョコ、バースデープレゼントは絶対!どうせ山積みで埋もれてしまうだろうけど気にしない!  初めてのファンミーティング参加は抽選になってしまった。結果はハズレ。百六十人と少人数なので参加したかった。が、海斗のバースデーイベントの抽選は見事に当選。  都内のホテルにて、立食形式で開催されたパーティで、私は初めて海斗の手に触れた。ファンサービスの握手である。何だか忙しい流れ作業のようだったが、海斗の手は温かかった。その日から一週間、私は右手を洗わず、母に『汚い』と叱られた。  クラスメイトは、そんな私をバカにした。 「アイドルに夢中になったって彼女になれるわけじゃなし、もっと現実みよ」 コンサート会場で友達になったファンクラブの娘もこう言ってた。 「雲の上の住人だって分かってる。それ以上、望んだらダメって知ってても好きなの。付き合える夢を見ていたいの」 (付き合う?)自分は海斗のファンで大好き。ってことは、彼の彼女になりたいんだろうか? 「田辺千桜さん、好きです。僕と付き合って下さい!」  男子生徒からの告白中、そんなことを考える私。  自分はハッキリ言ってブスではないしモテてる方だと思う。でも……。 「ごめんなさい」  海斗以外の異性には全く興味がないのだ。  次第に強くなる想い。私は海斗の特別になりたい。彼女になりたい。ううん、それじゃ物足りない。結婚したいのだ!  前の歌番組で、司会者に「どんな娘がタイプ?」と聞かれ、彼はこう答えた。 「そうですね〜。気配りのできる優しい娘かな」 「髪型とか外見は?」 「うーん、髪色は黒でショートカットが活発そうで好きです。メイクはナチュラルが良いですね。厚化粧は嫌いです」  翌日、私は美容室に行き、肩下まで伸びた髪をベリーショートにした。メイクの仕方はこれから勉強だ。  帰り道(気配りのできる優しい娘)って、どんな娘だろう?と考えてみる。良く分からなかったので、電車でお婆ちゃんに席を譲って、コンビニでジュースを購入した釣り銭を募金箱に投下した。街のボランティア活動にも積極的に参加。  とにかく優しい娘になろう、そう思った。  雑誌で、こんな記事も見つけた。 『目標を持って必死に頑張る娘が好きです』  必死に頑張る娘?私は海斗と結婚するために頑張りたい。でも、このままじゃアイドルとファンのまま終わってしまう。  そんなある日、海斗がドラマに出演することになり、なんと新潟ロケが決定。私は早速、特大ウチワを持ちロケ地に向かう。既にロケ現場にはファンの人集りができていて、私は人と人の頭の隙間から海斗を探した。  海斗は私と同じ歳。高校生役だ。紺色の制服が良く似合う彼は台本を片手に誰かと談笑中。その、ただならぬ光景に私は両目を見開いた。海斗と親しそうに話しているのが若い女性だったからだ。 (あの女は誰?誰なんだ?)  少し観察していると、女性は彼を椅子に座らせ手鏡を持たせた後、ヘアーのセットをしている。  ここでピンッときた。あの女性は海斗のヘアーメイクだ。  高三の秋、私は人生の岐路を決断をすることになる。  私は東京に行く!海斗専属のヘアーメイクアップアーティストになってみせる!  そして春、渋る母を説き伏せ、私は東京の美容専門校に入学した。    
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