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そして陽太を見ると、眉毛を八の字にしてしょんぼりした陽太の顔が見えた。
「…え?」
「…だから…以前の俺に戻ったら…、ふうちゃんに不快な思いをさせなくて済むかなぁ…と。」
申し訳なさそうな声を出す陽太を見て、風花は同じように眉毛を八の字にさせる。
「…それって…、私の事“嫌”になっちゃうの?」
「…ええぇぇ…ッ!?…有り得ない!!そんなの、天と地がひっくり返っても無い!!無い!!…絶対、そんな事有り得ない!!」
風花に、自分の事を“嫌いになる”のかと聞かれ、陽太は驚愕し、その勢いのまま風花の肩を掴むと揺さぶりながら叫んだ。
「嫌われたくないからだよ!!ふうちゃんが大事!!ふうちゃんが笑ってくれなきゃ、ツラい!!」
ガクガク揺さぶられ、風花はなすがままになっている。
「ちょ、…ちょっと、陽ちゃん。ふうちゃんの頭の中がミキサーされたみたいになっちゃう…」
オーナーはよく分からない発言をしつつ、陽太の行動を止めた。
とりあえず、オーナーの制止に陽太の動きが止まった。
「…でも喋りだしたら、いっぱい“可愛い”って言っちゃうし…。それにふうちゃんの話を聞くのも大好きだし…。」
陽太はそう呟くと、再び風花をギューッと抱き締めた。
「…納期分もやっと収めたし、コレでふうちゃんを堪能出来ると喜んでいたら、何だかとんでもない事態に…。俺のせいだけど…」
陽太の呟きに、常連客が反応する。
「あ、前に言ってた“ゲーム”の新作、とうとうリリースするんだ?」
「…リリースはもうちょい先ですけどね。」
風花は陽太の声を聞きながら、陽太の服をギュッと握り締めた。
どうやら“納期”で忙しかった事も、陽太が“素っ気なかった”事に少しは関係があるのかもしれない。
しかしだ。
突然、自分の知っている陽太が違う陽太になって、凄く戸惑った。
なのに話を聞いてみれば、自分の発言のせいだと言う。
「…ごめんね。…“可愛い”って…言われて…“嫌”じゃないよ。…少し、“人前”で控えてくれれば…」
風花は陽太の胸に顔を隠したまま言う。
「…そっか。…気を付けるね。」
やはり“穏やか”な声で陽太は答えた。
だけどこの“穏やか”な、知らなかった陽太を知ることが出来たのも、今回の小さな喧嘩のお陰だ。
皆の言う“穏やか”な陽太を、風花も初めて知った。
「さて。じゃあ、ふうちゃんも落ち着いたみたいだし、陽ちゃんご飯だね。今日は鶏天定食です。」
ポンッと手を叩くと、オーナーは笑顔でカウンター内に戻っていく。
その声掛けをキッカケに、タベルナの店内は、また賑やかな空気に変わった。
風花と陽太は顔を見合せ、笑い合った。
◇◇◇◇◇◇
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