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「よっしゃ、あった」
学生時代に汐里にプレゼントされた黒い合皮のボディバッグ。見た目が俺の好みにバッチリハマっていて、すごく嬉しかったのを覚えている。
どんなに汚れようが、角が剥げようが大事にしてきた。
流石に見た目がボロくなった頃に「汐里ストップ」がかかった。
俺としても汐里に恥はかかせたくなかったから、普段使いするのは諦めた。だが、こうして保管し、いわゆる「大事な物入れ」としての役割を担っている。
「うーん…3万。3万かぁ…」
茶封筒の中身を確認し、分かってはいたが落胆した。この「へそくり」は俺の小遣いを削って貯めていたものだった。だけど、プレゼントやら飲み会代やらに徐々にそれは消えていった。
「ねぇ? 時間大丈夫〜? 見つかったぁ?」
掃除機のスイッチを切って、汐里が後ろから声をかけてきた。俺は無造作に封筒をポケットに押し込むと、慌てて部屋を出た。
「おぉ、じゃあ…また後で! あ、出かける時は気をつけろよ?」
「ん? 何に…?」
急ぐ振りをしながらスニーカーを履いた。振り返ると、汐里はポカンとした表情をして俺を見る。
「何って…車とか、うーん、変質者とか…色々!」
ぶっきらぼうにそう言って、俺は玄関を出た。背後からはケラケラと軽い笑い声がした。
「気をつけろよ…は俺だよなぁ」
改めて自分の立場を省みて、苦笑いした。
だけど、いつ誰の身に何が起こるか分からないのが事件や事故だ。
さっきまで笑っていた人が、次に会う時は息もせず眠っている…なんて事だってあり得るのだから…。
嫌な想像が始まりそうになって、俺は左右に頭を振り切り替えた。
――俺は今からできる限りの事をするんだ。未来が変わらなくても…これが汐里の記憶に残らなくてもいい。
太陽は雲一つない空に輝いている。それを目印にするかのように俺は駅へと足を進めた。無意識に駆け足になる。まだこの世界へ来たばかりなのに、その中でも刻々と時間が過ぎていく焦りに、俺の鼓動は速くなった。
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