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「引っ越しの手伝いに来た振りじゃない? どうしたの、仕事は?」
姉ちゃんは自宅の玄関を過ぎるやいなや、目についた物から片付けを始めた。脱ぎっぱなしの服、開いたままの雑誌、食べかけのお菓子…お世辞にも部屋の中はキレイとは言い難かった。
先程インターホンを押した時には、ちょうどコンビニに行こうと部屋を出たばかりで、すれ違いをしていたようだ。部屋着のままといった感じのラフな服装をしている。
「あ〜、ちょーっとしばらくラーメン屋は休みもらう事にした」
「えっ、何で!?」
ただでさえデカい瞳をさらに丸くして、姉ちゃんは振り返った。薄茶色の長い髪を適当に結んだせいで、所々髪の毛の束が浮いている。
「まぁ…事情があってさ。ちょっと時間もないし、なる早で準備したい物があるんだよ」
「ふぇ? 何?」
「……ウェディングドレス」
それだけ言うと、しばらく沈黙が続いた。その後、目をぐるりと半周させた姉ちゃんがようやく口を開いた。
「航太郎、あんた…ついにプロポーズ!? おめでとう! うちで式挙げる? いつがいい?」
喜び早口になる姉を前に、俺は勢いよく首を横に振った。
「いや、ごめん。そうじゃなくて…」
姉はウェディングプランナーをしている。俺に金と余裕さえあれば、姉ちゃんの働く式場で俺達の結婚式を挙げたかった。
だが、そんな計画よりも先に子どもができた。
式どころではなくなりプロポーズさえも、ちゃんとした記憶がないのだ。
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